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2012

08/20

Mon.

05:20:26

ザ・万遊記 

Category【随筆・エッセイ


ザ・万遊記 (集英社文庫)ザ・万遊記 (集英社文庫)
(2012/05/18)
万城目 学

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書き出しをご紹介します。

現場から万城目学です その一 鹿男あをによし

 二〇〇八年三月中旬のとある夜、私はいたく場違いなところにいた。
 目の前の席には玉木宏氏がいて、その両隣には綾瀬はるか氏、児玉清氏。私の隣には佐々木蔵之介氏が座っていた。
 現場はドラマ『鹿男あをによし』の打ち上げ会場である。ドラマに出演していた、まさしくキラ星の如く光を放つスターたちを前に、なかなか顔をまっすぐ上げられない。うつむきながら目の前の飲み物をひたすら消費していると、「あ、飲み物持ってきましょうか」と佐々木氏に気を使われ、跳び上がって断る始末である。
 児玉清氏があの奥深い声で、ドラマの思い出を語られた。ドラマも終盤、奈良文化財研究所のロケで、児玉氏は自分の招待を暴露する、という非常に緊迫感あるシーンに臨んでいた。



やはり万城目氏の作品はおもしろい。
今回のエッセイで読み進めながらついつい楽しみにしてしまったのが、「渡辺篤史の建もの探訪」を見ての万城目さんの感想エッセイ。この番組、見たことなかった私は、どうしても見たくて見たくて、つい検索しちゃいました。



なんかすごい!万城目さんが愛を傾ける気持ちがわかった気がします。それにしても、日本のおうちってキレイですね。私もいつか一軒家に住みたい!

 この本を読んで 

いろいろな名作の裏の姿が見れたような気がします。この頃はプリンセストヨトミを書いておられた頃でしょうか。とにかく、笑えます。

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2011

07/25

Mon.

22:34:46

ザ・万歩計 

Category【随筆・エッセイ


ザ・万歩計 (文春文庫)ザ・万歩計 (文春文庫)
(2010/07/09)
万城目 学

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書き出しをご紹介します。

「はじめに」にかえて 風が吹けばエッセイを書く

 エッセイを書くことになった。
 さて何を書こうかなとつらつら考えていると、内容に関することより、自分が連載エッセイを書くということについて、しみじみ思い始めてしまう。いやあ、えらいもんですなあとか、毎回たんと書けるのかなあとか余計なことばかり浮かんで、なかなか肝心の中身がまとまらない。そのうち、いつかエッセイを書けるようになったら素敵だな、などと考えていた昔のことなどを順ぐり思い返し始める。そのときふと、自分がこうして文章を書くことにあんったきっかけって何だった?という疑問が沸き上ったのである。
 記憶をたどってみると、なるほど小説を書き始めたきっかけはあるにはある。それは自転車で道を走っていたら、とてもいい風が舞えから吹いてきて、ああ、気持ちよかと思いながら、「あ、この気持ちを文字に書き残さなくちゃいかん」と唐突に思ったことだった。二十一歳の秋のことである。



この頃、Sony Readerでも万城目氏の作品が並ぶようになり、嬉しい限り。こちらは先回の帰国時に書店で文庫版を購入しました。

こちらの作品は『鴨川ホルモー』が世で人気を博し、『鹿男あをによし』が出た頃に書かれたエッセイです。

万城目氏のエッセイを読み、小説を読んだ時以上の確信を感じました。やっぱり著者自身が面白い人なんですね。面白い人だからこそ、面白い小説になるんだろうな、と。作家になる前、2年ほど企業に勤められるのですが、転勤の打診を機に退社。作家になる宣言とともに、東京へ進出します。社会人時代に貯めたお金を元手に作家活動生活をスタートさせ、バイトなど一切行わずに書き続けたそうです。ご両親には2年の期限を頂くのですが、なかなか花が咲きません。そろそろその2年の期限が近づこうというころ、あの『鴨川ホルモー』が生まれ、今に至るんだそうです。

今まで万城目氏の作品は小説しか読んだことがなく、雑誌のコラムやインタビューなども読んだことがありませんでした。関西が舞台になっているので関西の方だということは知っていましたが、今は東京にお住まいなんですね。私にとっては結構これは驚きでして、関西を舞台になさっているからこそ、てっきり関西在住なんだと勝手に想像していたようです。

面白かったのは後半にある旅のエッセイ。かなり笑えました。アメリカや韓国などメジャーな海外旅行地ではありません。バックパッカーならではの秘境というのでしょうか。なかなか足を踏み入れられない地でのエピソードが最高です。特にモンゴルのお話は長いたびだっただけにエピソードもたくさん。これだけで1冊書いて欲しいわ~と思うほどの面白さでした。

 この本を読んで 

・続エッセイの『ザ・万遊記』は旅行記のようです。これ、今すぐ読みたい!




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2011

07/15

Fri.

23:34:43

マダムと奥様 

Category【随筆・エッセイ


マダムと奥様 (光文社文庫)マダムと奥様 (光文社文庫)
(2009/04/09)
辻 仁成

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書き出しをご紹介します。

夜なべと童謡が日本を救う

 ウイークデイは子供を学校に送ることからはじまります。毎日ではありませんが、締め切りなどがなければ、私も一緒に学校まで出かけることにしているのです。普段は若ぶって破れたジーンズなど穿いておりますが、息子を学校に送るときだけは、びしっと決めて出掛けます。日本の物書きはだらしがない、と思われてはなりませぬ。ここはお国柄、蝶ネクタイを締めて送り迎えするお父さんだっているくらいです。私どもはこの国ではマイノリティです。マイノリティだからこそ目立たないと。せめて息子の友人らに、君のパパ、かっこいいね、と言わせなければなりません。相手が蝶ネクタイなら、私は山高帽子です。しかも冬の間はオーストリアで購入したマントを肩に掛けて、風を切って歩いています。かなり目立ちますが、おかげで息子は人気者です。ジュウトのパパだ、と子供たちの受けもなかなかのものです。蝶ネクタイの紳士ともすっかり仲良くなってしまいました。最初は恥ずかしがっていた妻も、私の極端な正装を最近では喜んでくれています。そのうち下駄履いて、着物を羽織って送り迎えをするかもしれません。金子光晴のように。私はたとえ息子がフランス国籍を取得しても、日本人の心だけは忘れさせたくないと密かに思っております。だから家では、日本の同様とエコーズの歌は必修です。



書店の小説のコーナーに行くと(あ、ソウルでです)、『冷静と情熱の間』の2冊がいつも山積みにされています。そして実際に買っていく方も本当に多い。共著の江國香織さんの人気も絶大ですが、この書籍を元に作られた映画が本当に美しかった!そんな韓国でも大人気の辻仁成さんなんですが、私、今回始めて辻さんの書籍を読みました。『冷静と~』は映画で見たのみです。

上の書き出し部にもありますが、辻さんと言えば、もと音楽をなさっていた方。そうか。エコーズだったか~!と懐かしく思い出した次第です。そして驚いたのが1959年生まれということ!もう50代っていうより、マイケルと1歳しか違わないの!?奥様の中山美穂さんとそれほど変わらない年齢だと思っていたのですが、中山さんは70年生まれだそうですから10歳以上の年の差カップルだったんですね。いやー、ビックリした。

このエッセイは女性誌に掲載されていたもので、日頃のあれこれがつづられています。パリについてのエッセイが好きな私は、この本もそんな日常のパリを感じたく購入しました。

意外だったのは、奥様のお話です。こんなにオープンになさっているというのにもビックリでしたが、あの線の細そうな奥様が実はとってもしっかりもので、むしろ堅実なイメージがより強固になった感じです。例えパリの生活とは言え、中山美穂さんならばだれもが知っている女優さんでしょうから、きっと一般的な生活というのも難しいと思います。でも、意外と普通にカフェでお茶している中山さんに会えたりするのかしらーなどなど想像して、楽しい気分に。

ああ、パリ行きたい!

 この本を読んで 

・中山さんのファンなら「おお、ミポリン!」と悶絶するほどに、愛らしい奥様としての中山さんの姿が随所に見られます。

・パリ在住の日本の方と聞くと、アートやファッションなどハイレベルな文化の世界に浸っている方というイメージがありました。でも、この本を読んでいると、ソウルに住む私にも共感できる、単なる「日本の外」での生活だというのを強く感じられたかも。外から日本を俯瞰しているエッセイです。




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2010

12/13

Mon.

21:02:58

散歩のとき何か食べたくなって 

Category【随筆・エッセイ


散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)
(1981/10)
池波 正太郎

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書き出しをご紹介します。

銀座・資生堂パーラー

 年齢をとるにしたがって、懐旧の情が濃くなるという。
 このごろ……。
 週に何度か、これだけがたのしみで出かけて行く映画の試写を観終えてから、知らず知らず散歩の足が、生まれ育った浅草へ向かうのをどうしようもない。
 そして、また、去年あたりから、散歩の前後に何か食べたくなったとき、銀座の〔資生堂〕へ行くようになったのは、同じ理由なのかも知れない。
 私が〔資生堂〕の洋食を口にしたのは、もう四十年も前のことで、それから約八年ほどの間、この店の味に親しんだのち、銀座も資生堂も私たちも戦争に突入し、洋食どころのさわぎではなくなってしまった。
 その戦前の味が、いまも変わらずに厳然として存続していることは、戦前の銀座が、いまも尚、味に残っていることなのだ。



『林真理子の名作読本』で紹介されていた一冊。

昭和56年(1981年)に文庫化された本ですので、いまから30年前のグルメ本です。文庫化当時だってすでに戦後約30年です。ところが戦前や戦後すぐのお話が随分でてきます。しかし、よくよく考えてみると、その時に残っているお店こそがまさに「老舗」ということなんでしょうね。巻末に店名索引がありますが、すでに存続していないお店もあって、平成の今でも同じ味を楽しむことがどれだけ難しいかがわかる。

著者はお酒をたしなむ方でしたので酒と相性のよいものも多いのですが、お酒のあとに甘いものが欲しくなったらしいです。あまりにおいしそうで、思わず今もそのお店があるかどうか検索してしまった甘味がいくつもありました。

お支払いした金額もちらほら出てくるのですが、戦前の数銭円という今では馴染みのない金額から、1万円の定食までさまざま。場所も銀座のほか、京都、信州、大阪、フランスと各地に及びます。どのお食事にも作り手の愛情と、頂く側の心から楽しむ様子が伝わってくる。映画の帰りにぷらっと洋食を食べに行く、そんな著者の姿は粋でステキです。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・若い頃に食べた味って、以外と覚えているものです。そしてもう一度食べたいと思うし、久々に帰郷すると食べたくなる。

・札幌のあの店、この店を思い出しました。今でも続いているのかなぁ。
 

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2010

12/06

Mon.

12:45:28

マラソン・ウーマン 

Category【随筆・エッセイ



マラソン・ウーマン (幻冬舎文庫)マラソン・ウーマン (幻冬舎文庫)
(2010/02)
甘糟 りり子

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書き出しをご紹介します。

麻酔とハイヒール

 真っ白い棚には色とりどりのマニキュアの小瓶が並んでいた。辺りにはアロマオイルの優しげな香りが漂っている。店内にはラウンジ系の音楽が控えめに流れている。ここは心地良さだけで埋め尽くされた空間だった。
 青山の外苑西通りにあるEXCeLは、いきつけのネイルサロン。2階が美容室で3階はネイルやエステティック、ヘッドスパなどのスペースである。
 私の両手両足の指は銀紙で包まれている。明日からの入院に備えて、ネイルカラーを落とさなければならないのだ。3日後に右足首の手術を受ける。手術部位である足はともかく、手のネイルはしたままでも良さそうなものだが、ドクターが爪の色で健康状態を判断することもあるとかで、ネイルカラーはすべて落とすように看護師から指導を受けた。



この本を購入する前レビューを検索してみたのですが、なかなか詳しいものに出会えませんでした。マラソンに関して書かれていること、ロンドンマラソンへの挑戦記録であることしかわからない。なので、えーい!と思い切って購入した1冊。実は私、2008年からちょこちょこ走っていたのです。ちょうど我が家の前にはジョギングや散歩にちょうど良い川原があります。ここをゆっくり歩いたり走ったりしてたのですが、マイケルの悲しいニュースの後はぱったりと外へ出る気持ちにならずで、走ることもやめてしまいました。

でも、走りたいという気持ちはある。そこで年明けからはスポーツを再開しよう。やっぱりマラソンにもう一度取り組んでみよう、と今は手持ちのマラソン本でモチベーションを上げている段階です。

さて、本書のスゴさはロンドンマラソンを完走しちゃってるというところではないでしょうか。この時の著者の年齢が42歳で、しかもマラソン暦1年で完走ですから、恐るべし。ちなみにマラソンを始める前の著者のスポーツ暦ですが、本格的にテニスをなさっていたそうですので、全くのサラ地から運動を始めたわけではないようです。

上の書き出しにもありますが、長年のテニスとハイヒールによって培われた捻挫癖(お酒に酔った状態でヒールを履くとカクカクとこけて捻挫をしちゃうんだそうです)を治すべく、著者は足首の手術を決断します。診断書に書かれている病名は「右距骨下関節不安定症」というもので、靭帯の大部分が弱くなりぶらぶらになっている状態だったそうです。靭帯は一度伸びたり切れてしまうと、アキレス腱のように自然治癒はありません。スポーツ選手でもない著者が手術を選択した理由は、恐らく痛みや不便さが募ってのことではないでしょうか。体のどこかが思うようにならないと、すぐに治療したくなるのが人の心というものです。手術は成功しますが、回復には時間がかかります。しかも両足が同じ状態にあり、右の次には左の手術が待っている。右足の術後の様子に、著者は左足の手術をすべきかどうか、迷ってしまいます。

そこでプロに相談しようと向かった先はR-Body Projectというジムでした。ここにあるSOAPというシステムは体のメンテナンスを行うための測定をしてくれ、治療院並みの対応をしてくれるところなんだそうです。この日、著者は左足手術は不要であることを知ります。

実は手術の前、伊達公子さんのマネージャーが伊達さんのマラソンの話をなさったことがあり、マラソンが気にかかっていた著者。この日も左足の手術がなくともフルマラソンに出られるか否かを尋ねていました。R-Bodyのトレーナーさんから測定結果を聞くなり、1年後のロンドンマラソンに出場することを決意!なんとも潔くマラソン生活へと突入です。そしてすぐにアディダス ジャパンへ向かい、具体的な調整に入っていきます。

このアディダス ジャパンの存在は非常に大きいとともに、マラソン初心者には大変役に立つお話がたくさんありました。プロについて指導を受けているんだから、フルマラソンは走れて当然!と思う方もいるかもしれませんが、素晴らしい指導者のもとでも個人の努力がなければ何事も成し遂げられません。私のように個人トレーナーをつける余裕のない人間には、「そういう練習方法でプロは指導していくんだー」と非常にためになりました。

ロンドンまでの1年間、著者はアディダスのスタッフさんたちといくつかのレースに出るのですが、確実に成長している過程を読んでいると自分もすぐさま走りたくなってきます。またマラソンは個人の戦いのような孤独さが付きまとうスポーツだと思っていたけれど、チームの存在が非常に大きなモチベーションとなっていることも知り、むしろチームスポーツであると認識を新たにしたほどです。

すでに走りこんでいる人ならば、ちょっと物足りないかもしれない。けれど初心者には走る計画やウェアから靴選びまでの情報が盛り込まれた教書になると思います。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・東京なら皇居のまわりがマラソンスポットのようですが、ソウルのマラソンスポットってどこなんだろう。そもそもちょっとした体を鍛えられるジムが割高のソウル、私もマラソンメンターを探さなくちゃと気合を入れました。

・やはりプロのサポートは受けられるなら受けた方が良いようですね。走り方一つにしても、自己流では楽な走り方はできないんだと思います。やっぱり体幹か。




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2010

11/24

Wed.

11:25:41

僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 

Category【随筆・エッセイ


僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 (集英社文庫)僕に踏まれた町と僕が踏まれた町 (集英社文庫)
(1997/08/20)
中島 らも

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書き出しをご紹介します。

 保久良山

 JR摂津本山駅の裏手に保久良山という山がある。山というよりは丘の大きなやつといったほうがいいだろうか。
 アタマに保久良神社の鳥居をのっけてチンと丸まっているさまは、何か“よしよし”と頭をなでてやりたくなるような、そんなかわいらしい山である。
 本山第一小学校に通っていたころは、体育の時間によくこの山に登らされた。
 ほいっ、ほいっ、と頂上まで行って、てっぺんにある神社の境内でひとやすみしてから、上りとはうってかわって楽な下り道をおりていく。学校に着いて、それでちょうど五十分という行程である。
 休みの日にはこの保久良山から尾根づたいの金鳥山へ出、さらにその奥へ分け入って「水晶狩り」をした。
 注意深く見ていると、山道をそれたところの石英の巨岩のくぼみに、小さな水晶が何本かヒンヤリとした風情でかしこまっている。



『ガダラの豚』を読んだら、らもさんのエッセイも読みたくなりました。懐かしい1冊です。

新聞に掲載されていたものをまとめたものなので、いくつもの短いエッセイが収められています。中には連載のように数回にわかれて綴られているのですが、その殆どがらもさんの小学生から大学生時代までのお話。神戸や大阪で過ごした日々の記録になっています。

らもさんと言えば、あの超有名な灘校の出身です。なんと8番で入学したといいますから、神童ですよね。ところが勉強以外のことがおもしろすぎて、成績はどんどんと落ちていく。折りしも大学入試の頃は学生紛争の時期でもありました。東大が入学試験を行わないという、今では想像できないような時代です。入試がないから、勉強がどんどんと遠ざかっていく。酒をあおり、音楽にはまる日々。

60年代、70年代のお話のはずなんですが、今でも「あるある!」と共感できるのが不思議です。昭和に青春期を過ごした人にも、平成生まれの人にも、子供心っていうのは時代に関係ないのかもしれませんね。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・このエッセイの中にはいくつもの心に残るフレーズがあり、よく読み返しました。まさに今の自分にピッタリだと思える言葉に何度励まされたことでしょう。

・小・中・高・大とどんどんと大人になっているのに、心はいつまでも子供のような好奇心で満たされている。私もそんな生き方がしたい。



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2010

07/06

Tue.

21:52:00

ワタシは最高にツイている 

Category【随筆・エッセイ


ワタシは最高にツイている (幻冬舎文庫)ワタシは最高にツイている (幻冬舎文庫)
(2010/02)
小林 聡美

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書き出しをご紹介します。

大殺界のセコいのりきり方

 ワタシは五月生まれの女である。
 そのせいか、五月はとても好きな月だ。街中が力強い緑に覆われて、なんだかこちらまでやる気がみなぎる。
 そんなやる気がみなぎっているワタシは、今年から三年間、恐怖の細木数子先生の言うところの大殺界。その字面を見るも恐ろしい大殺界とは、
『新しいことを始めない。頑張らない。ただじっとしていろ。そうしないと、地獄に落ちるわよ』
 という、まあ、とにかく人生の冬の時期を言うらしい。
「細木数子ぉ?あの、なにかっちゃあ大蛇がついてるだのなんだの言う、バーキンたくさん持ってるおばちゃんでしょ。そんなの気にしない気にしない」
 と力づけてくれる友人もいる。しかし今年の年頭、仕事でお会いした0学占いの山本令菜先生にも同じようなことを言われた。



小林聡美さんのエッセイ。小林さんのエッセイを読み始めて、これで4冊目です。

2007年の頃のエッセイですが、今まで読んできたものの中で、最も三谷監督の登場が少ないかも。(独身時代のものは別ですよ。)40代になった小林さんが、相変わらず生き生きと日々を送っている姿が目に浮かぶような一冊です。

今回ももちろん笑いどころ満載のエッセイですが、私は一つ気になるお話がありました。それは小林さんが園芸に目覚めたということ。そのキッカケとなったのが、ターシャ・テューダお婆ちゃんのDVDだったそうです。ターシャおばあちゃんのお話は以前ちらっとNHKで見た記憶があります。もう一度見てみたいと思っていたことを、このエッセイで思い出した私。エッセイの中でも園芸人生を続けておられる小林さんの姿に、どうしてもDVDが見たくなってしまいました。愛憎本もついてるとのことでしたので、多分これでしょう。


NHK 喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭 永久保存ボックス〈DVD+愛蔵本〉NHK 喜びは創りだすもの ターシャ・テューダー四季の庭 永久保存ボックス〈DVD+愛蔵本〉
(2006/04/21)
食野 雅子

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エッセイの中での小林さんは、一度信念を持って「やる」と決めたものは続けておられる印象があります。焚き火(キャンプファイヤーね)にかける情熱や、庭を造っている姿などなど、いかに趣味に目的を見つけて楽しむかに刺激を受けました。

今回のエッセイには映画『かもめ食堂』や『めがね』撮影時のお話などもありで、裏話的な楽しさもあります。映画ファンにもおススメ。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・小林さんのカラッとした語り口に元気をいただけます。私もこんな奥さんになりたいです。

・料理、園芸、やってみたいことはたくさんあるけど、なんとなく手を出せずにおりました。これではダメですね。もっともっとチャレンジしなくては!


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2010

06/23

Wed.

09:49:38

凛々乙女 

Category【随筆・エッセイ


凛々乙女 (幻冬舎文庫)凛々乙女 (幻冬舎文庫)
(1998/06)
小林 聡美

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書き出しをご紹介します。

交通安全、火の用心

 私の今乗っている車は、カッチョイイ高級スポーツカーだ。おまけに電動で屋根まで開いてしまうというピッカピカの派手なやつ。
 私の体との比率からするとかなり車のほうがでかいので、信号待ちで止まったとき、店先のガラスに映った自分を見ると、車の中にしズンだゴキゲンな白木みのるみたいでマヌケだ。
 はっきり言って、私はあまり車に興味がない。車は動けばいい、というタイプだ。今の車も、以前乗っていた車が故障が多くなってきたので、新しいのに換えよう、と車好きのうちの事務所の社長が面白がって選んでしまったものだ。



続けて2冊のエッセイを読み、他にも読んでみたいと京都のジュンク堂で購入。移動中に手軽に読める上に、かなりの気分転換となりました。

小林さんのエッセイを読んでいると、本当に多彩な方だなーという印象を受けます。女優さんですから演技がお上手なのはもちろんですが、エッセイも素晴らしいです。

このエッセイは三谷監督とご結婚なさる前、かろうじて20代の頃に書かれたものです。大の女優さんがご自身を「白木みのる」と言い切ってしまうなんて!小林さんの笑いのセンスはこの頃から健在だったのですね。先に結婚後のものを読んでいたので、独身生活にも新鮮な驚きがたくさんありました。

映画『かもめ食堂』のような一人暮らし生活を想像しながら読ませて頂きました。あー、おもしろかった。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・才能ある人って、自分を表現する力がものすごいですね。おもしろく、あたたかく、やわらかいエッセイでした。

・この頃からすでに猫との同居だったようです。猫、いいな。


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2010

06/16

Wed.

10:32:02

「綺麗な人」と言われるようになったのは、四十歳を過ぎてからでした 

Category【随筆・エッセイ


「綺麗な人」と言われるようになったのは、四十歳を過ぎてからでした (光文社文庫)「綺麗な人」と言われるようになったのは、四十歳を過ぎてからでした (光文社文庫)
(2010/05/11)
林 真理子

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書き出しをご紹介します。


 劇場にはたくましく美しい人生がある

久しぶりで映画を見た。
 このところ映画館に行くことが本当に少なくなった。あらかじめチケットを買っておくオペラや歌舞伎と違い、映画はふらっと街に出かけた時に見るものである。けれどもこの二時間という時間が、どうも私の一日の中にうまく入ってこないのだ。
 対談の仕事があるため、毎週銀座へ出かける。仕事の終わり、ちょっと映画でも見ようかと思うのだが、タイミングがうまくいったことがない。結局は次にしよう、ということになってしまう。
 誰かがうまいことを言っていた。
「映画とセックスはよく似ている。見始めると、見ずにはいられなくなるのだが、見ない習慣をつけると、見なくてもどうということがなくなる」



林真理子さんのエッセイ。私も40代を目の前としている身。綺麗な人と言われるようにがんばらねばー!と関空の丸善で衝動買いした一冊です。

林さんと言えば、たしか今の私の年齢くらいで結婚なさり、44歳で初めてのお子さんをもうけておられたはず。すごいなーと思います。本当にすごい。でも、本書には子育て奮闘のお話はあまりなく、華やかにブランド商品を買いまくる姿が幾度と無く登場します。最後まで読んでいくと、そんなブランド買い生活にも、林さんに財力があるからだけではなく、それが必要だからという感覚がわかってくる。また、着物の常識のお話などはためになりました。歌舞伎に浴衣でいく勘違いのお話なんかは「そうだよね!」と同意したくなりました。それ以外にも、着くずしが効かなくなる年齢なのに無理にジーンズでがんばる話や、化粧のお話なんかも楽しいです。とにかく、「似合っていればいいのよ!」の幅が広くなりがちな40代に、冷静に「それ、ちがうわよ」と指導してくれるような本。

40代になってウツクシさを磨くには、やっぱりお金と冷静な自己判断が必要なのね、と思った次第。好き嫌いがはっきりわかれるエッセイだと思います。著者の私生活に「自慢か!」とキーッとなる方にはおススメしません。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・これからはアクセサリーや化粧にも気を使わなくてはならないな。いつまでも20代の気持ちでいるのは大切ですが、20代の姿形を維持できるわけではありません。冷静に引き算できる女性にならないと。

・やはり黒木瞳さんは特別中の特別な女性なんだと思います。彼女を目指すのは一般女性には無理というもの。ロールモデル探しをしなくては。



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2010

05/24

Mon.

23:43:56

シモネッタのデカメロン―イタリア的恋愛のススメ 

Category【随筆・エッセイ


シモネッタのデカメロン―イタリア的恋愛のススメ (文春文庫)シモネッタのデカメロン―イタリア的恋愛のススメ (文春文庫)
(2008/02/08)
田丸 公美子

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書き出しをご紹介します。

はじめに

ボッカッチョの『デカメロン』。十四世紀のフィレンツェ、蔓延中のペストから逃れるために郊外の家に非難した男女十人が退屈しのぎに毎日一人一話、計十の話をして十日間を過ごす物語だ。総計百の物語が語られている。
 テレビもなく本も入手できない時代、物語は最大の娯楽であったに違いない。そのため子供だけでなく、権力者の王も千夜にわたって物語りを所望した。そして王様を退屈させることなく、千話を話し続けられる人は命拾いすることすらできたのだ。
 物語は他人の人生の疑似体験でもある。一度しか生きられない人生だからこそ、人々は今もテレビや映画など様々な媒体で他の人生を生きることに楽しみを見出す。
 私が世界屈指の人生の達人とみなされているイタリア人に関る仕事をし始めて早三十年以上が経った。一体何人のイタリア人と「袖振りあった」ことだろう。あけっぴろげで話し好き、しかも並外れて個性的な彼らと過ごすことで、私は数多くの楽しい人生を追体験できたような気がしている。



田丸公美子さんのエッセイ。田丸さんのエッセイを読むとき、どうしても米原万里さんの存在を期待してしまいます。田丸さんと米原さんは、それぞれイタリア語とロシア語の通訳という仕事を通して知り合い、公私友情を深めておられました。互いのエッセイにもそれぞれの名前が幾度となく登場し、お二人がいかに互いを大切にしていたかが伝わってきます。米原さんのエッセイファンなら、田丸さんの存在を「シモネッタ」として認識しているはず。その米原さんが他界されて早4年です。この文庫版のあとがき「万里と私の最後の一年」は田丸さんの米原さんへの思いが溢れるほどに詰められており、涙なしには読めませんでした。あとがきの前に納められているお二人の対談の後だからでしょう。友情は健在ですが、米原さんに会うことは叶わない。米原さんの新作を読むことも叶わない。幸福なことに、私はまだ友を見送った経験がありません。将来友を見送るようなことが起きる時、きっとこのエッセイを思い出すと思います。

イタリアについてのエッセイと言えば、須賀敦子さんのエッセイなどがありますね。田丸さんのエッセイは須賀さんのものとは大きくかけ離れています。もっと庶民的というか人間的というか、「びっくりカメラ」のテレビ番組を見ているような気分です。笑いが止まらないお話もあれば、ちょっと考えさせられてしまうような部分もあり。イタリアという土地・文化柄、万年明るい雰囲気を想像しますが以外とそうではないのかも。

イタリア旅行に行く飛行機の中で読むともっと楽しいかもしれませんね。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・人が明るく、楽しくいられるにはどうすれば良いのだろうとよく考えます。嫌なこと、耐えられないこと、逃げ出したくなるようなことも、笑ってやり過ごせたらどんなに良いだろうと。この本にはその答えとなる小さなヒントがあるように思います。イタリア男子、近くに居ないかなぁ。

・韓国の人はよく「半島文化」という言葉を使い、イタリアと韓国が似ているという表現をします。例えばにんにくを良く食べるし、オイル(伊オリーブ・韓ゴマ)を好み、感情的で声が大きくて…などなど、類似する部分が多いと聞きました。この本を読む限りでは、韓国よりもイタリアの方が開放的でカラッとしている印象を受けますが、実際はどうなのかな。行って確かめてみたいです。



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2010

05/06

Thu.

19:26:00

マダムだもの 

Category【随筆・エッセイ

マダムだもの (幻冬舎文庫)マダムだもの (幻冬舎文庫)
(2005/06)
小林 聡美

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書き出しをご紹介します。

結婚記念日問題

 五年目の結婚記念日は、秋のニューヨークで迎えることにした。
 今年の夏はとても暑く、そんな中で頑張って働いた自分へのご褒美に、その仕事が終ったら、何処かへピュ―っと飛んで行こうと決めていたのである。そして、その時期がたまたま、ワタシら夫婦の結婚記念日と重なるというので、こらちょうどいい、というわけだった。
 ニューヨークに決めたのは、田舎嫌いのオットの希望。おまけに飛行機嫌いでもある彼は、今まで行ったことのない、新しい場所に行くとなると、一ヶ月くらい前からトラベル・ブルーに入り、
「今日、駅で偶然、高校の同級生に会っちゃった」
 と言っては不安な目をし、
「本棚の奥から、前から探してた本が見つかった」
 と言っては肩を落とす。とにかく、いつもと違うことが起きるのを異常に恐れるのだ。



先日読んだのは結婚3年目のエッセイ。こちらは5年目のお話。

何年経っても仲の良さそうなお二人の姿に心和みます。小林さんのエッセイを読んでいると、嫁たるものこーでなくちゃ!と思える部分が多々。軽快な文章を笑いながら読んでいる間はただ楽しいだけなのですが、読後には「もっと夫につくさねば・・・」と思わされます。

子供のいない家庭には、子供のいる夫婦とはまた別の世界があります。いつまでも新婚気分で楽しいといってられるのも最初のうちで、やはりいつかは他人と暮らすという不便さもどんどん目につき始めるはず。夫婦のバランス関係というのがとっても大切になってきます。このエッセイを読む限りでは、こんな奥さんがいたらお家に帰りたくなるよなー。やっぱり家で仕事したくなるよなー。と思わずにはいられません。家事に手を抜かず、夫をたて、自分も楽しみ、そしてなによりユーモア愛嬌たっぷりです。

ああ、見習わなくては・・・。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・小林さんといえば、『かもめ食堂』が強く印象に残っています。そのせいか、ついあの映画の姿が本当の小林さんに思えてしまって、読書中もおいしいパンを焼く姿が目に浮かんできました。きっとお料理、お上手なんでしょうね。

・三谷さんもおもしろい人というイメージがありますから、お二人が一緒にいる姿を遠くから眺めてみたい気持ちになりました。ニューヨーク、行きたい。

・昨日upしたつもりだったのですが、下書き保存になっておりました。なんでかな?とりあえず、今upします。

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2010

05/04

Tue.

12:30:27

マダム小林の優雅な生活 

Category【随筆・エッセイ

マダム小林の優雅な生活 (幻冬舎文庫)マダム小林の優雅な生活 (幻冬舎文庫)
(2001/06)
小林 聡美

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書き出しをご紹介します。

真実のお気楽ライフ

 結婚した当初、インタビューで
「友達が集まるような家庭にしたくない」
 と夫がウケを狙ってか本心か知らないけれど、とにかくそんなことを喋ったのが原因だと思うのだが、新居に越してきてからというもの、ホントに誰も遊びに来ない。
 今までうちに足を踏み入れた人間(とりあえずリビングまで)といえば、わたしの両親、姉夫婦と姪たち、弟夫婦、義理の両親、義祖母、義母の妹、タイル屋ケンちゃん、生命保険会社の人、以上十四人である。
 いいのだろうか、こんなにヒトが寄りつかなくて……。
 そもそも、夫が一日中家で仕事をしているというのが、大きな原因のひとつだと思う。夫の仕事は出勤時間も勤務時間も決まっていないので、区切りというものがつけにくい。別に夫のせいにしているわけじゃないけど。だから気やすく、
「○月○日、いいよ、遊びにおいでよ」
 と友人たちを誘えない。そういう約束をしてから、後日、やっぱり夫の仕事が結構デンジャラスモードになっていて、とても友人たちと時間など持てない状況になった時、土壇場でキャンセルするというのはなんとも忍びがたいことだからだ。別に夫のせいにしているわけじゃないけど。



小林聡美さんと三谷幸喜さんご夫婦、新婚3年目の日々を綴ったエッセイ。

新婚7年目に入った私。このエッセイを読み、とてもとても反省しました。ああ、夫を立てるってこういうことなのね。我が家は2匹のネコもなく、小さな住まいで細々と暮らしております。なのに、家事はいつもおろそか。小林さんが家事で一日があっという間に終ってしまうと語るたびに、「私、一日中何してたんだろう…」とこのぐうらた生活に終止符を打たねばと強く思った次第です。

女優というお仕事柄、きっとおうちの事はお手伝いさんにおまかせして、一日中お仕事で外を飛びまわっておられる印象でしたが、実際は「マダム」というより「主婦」な小林さんの生活に驚きました。掃除、洗濯、料理をこなし、ご主人のお仕事への配慮はもちろんのこと、楽しむことも忘れない。こういう方こそがスーパーウーマンなんだろうなと思います。

うちもそうですが、これで子供がいたりすると目の回る忙しさなんでしょうね。子育てしながら、家事をも仕事をもこなす女性の皆さん、本当に尊敬いたします。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・結婚生活3年目くらいって、まだまだ何でも新しくて楽しい時期だったと思います。それが数年たつと、どんよ~りしてくるんですよね…。そんな初々しい頃の自分たちを思い出し、初心に帰る思いでした。

・お互いへの思いやりが随所に感じられ、本当に羨ましく思ったのですが、振り帰って考えてみると、それは小林さんが奥様として努力しておられるからこその結果であり、そこそこにしか奥様業に徹していない私なんかは、羨ましがる前に「もっとしっかりやれ」ということなんですよね。妻として、これではいけない!と思ってる方、読んでみましょう。背筋の伸びる思いです。


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2010

01/04

Mon.

20:51:53

ビールと古本のプラハ 

Category【随筆・エッセイ

ビールと古本のプラハ (白水Uブックス―エッセイの小径)ビールと古本のプラハ (白水Uブックス―エッセイの小径)
(1997/08)
千野 栄一

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書き出しをご紹介します。

プラハの江戸っ子屋

 日本でも公開されたチェコ映画『スウィート・スウィート・ヴィレッジ』の中に、トラックの運転手と医者がビールを飲む場面がでてくる。その台詞。

医者「これはうまい。階段の七段目が一番いい温度だって、カレル、どうして気がついたのか、教えてくれないかね」
運転手「長年の経験ですよ。六段目では温かいし、八段目ではもう冷えすぎ」
医者「なるほど」

 ここはよほどのビール好きでないと見逃すところである。地下の食料置き場への階段のどこへビールを貯蔵しておいたら味がいいかという話なのである。



カテゴリーを旅行にすべきか、エッセイにするか迷いましたが、エッセイに入れてみました。

千野栄一先生の本が大好きです。初めて読んだ本は『外国語上達法』でした。

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)
(1986/01)
千野 栄一

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千野先生の専門はスラブ語学で、中でもチェコ語については多くの翻訳書もありチェコ文化を日本に紹介した大家としても知られています。チェコ語と聞いただけで難解な言語だというイメージが湧きます。それをマスターした千野先生だからこそ、説得力のある語学の学び方を伝えることができるのでしょう。初めてこの本を読んだ学生時代、非常に感動して何回も読み返しました。私のほかにも『外国語上達法』により、語学の道へ進もうと決心した人も多いのではないでしょうか。

私ももちろん語学に興味があったからこそ『外国語~』を読んだのですが、それを読んでからというもの言語学へ興味が広がり、更にはチェコやロシアにも関心を持つようになりました。その頃同時に米原万里さんの作品に出会ったこと、高校の美術の先生がチェコに留学なさったことなども重なったからかもしれません。とにかく千野先生の作品を探しては読むようになりました。

タイトルからわかるように、ビールのお話です。ビールと言うより、パブかな?チェコのビールはおいしいのだそうです。ホップを栽培しているので、その新鮮なホップをふんだんに利用できるのもうまさの秘密かもしれません。そしてビールを作る人、ビールを入れる人、ビールを飲む人それぞれにこだわりがある。なんとしてでも、おいしいビールを飲まねばならないという気合を感じられました。

美味しいお酒があるなら、おいしい食もあるはず。チェコの人々がこれほどにもビールが好きだとは知らなかった私は、チェコの食にも興味を持てるようになりました。やっぱりお酒に合うつまみも必要。なんとチェコには生ハムがあるそうです。あと日本のハムは、チェコではサラミと言うんだとか。カフェやパブはその国の文化を知るには最適の場所だと思います。

それから古本屋です。千野先生がプラハにいらした頃、質の高い古本が安い値段で買えたそうです。ただ、当局の管理下で発禁となった書籍はやはり入手が難しい。しかしビロード革命後に訪れたプラハの古本屋さんは、時代と共に観光化されてしまって、以前のような質を求められない。しかし、発禁本の縛りがなくなったせいか、以前は貴重だった本が売られていたりというオドロキもあったそうです。

千野先生の本を読むと、「がんばろう」という気になる。
この本を年初に読み、また気合を入れなおしました。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・チェコの食って、思えばよく知られていないですよね。一時期、お酒メーカーでお仕事をしていたことがあるのですが、その時もビールと言えばドイツ、イギリス、デンマークだったなぁ。

頑張るぞ。おーっ。 実行すること

・語学の勉強計画を立てる



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2009

11/30

Mon.

08:17:28

文学的商品学 

Category【随筆・エッセイ

文学的商品学 (文春文庫)文学的商品学 (文春文庫)
(2008/02/08)
斎藤 美奈子

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書き出しをご紹介します。

 小説を読むとき、あなたはストーリーばかり追いかけていませんか。あるいは登場人物ばかり見ていないでしょうか。物語にオリジナリティがあるとかないとか、人間が描けているとかいないとか、あるいは文章が端正だとか雑だとか、感動できるとかできないとか、そんなことばかり、私たちは目を奪われてきたような気がします。
 いや、それだって小説の大事な要素ではありますが、筋書きや人物だけが小説かといえば、そんなことはない。映画や舞台のような派手さこそないものの、小説もまた、多様な情報を抱え込んだ総合芸術。ああ見えて、なかなかマルチなメディアなのです。



目次部も、表紙のようにバーコードでデザインされています。

この本を手にとったキッカケは米原万里さんが斎藤美奈子さんを絶賛されておられたからです。評論・批評っぽいんですけど、笑える作品らしい。ということで、早速読んでみました。

まず、本書は小説の中に潜む「商品」に注目した書評です。順に上げると、アパレル、音楽、カタログ、食、ホテル、バンド、オートバイ、野球、貧乏など。それらのキーワードを小説の中から引っ張ってきては比較しています。

面白かったのはファッションの項。私も昔から気になっていたんですが、小説の中の衣服の描写で「素敵!着てみたい!」と思ったものって一つもありません。この頃繰り返し読んでいる村上春樹さんの作品は、「いったいどんな人が着るんだろう・・・」と思うものばかり・・・。決してオシャレではないんでしょね、小説の洋服って。だからこそ、この文学論が面白いんですね。

こうして比較してみると、著者のフェチズムが感じられちゃいます。「よく見てるなー」というより、「あんた相当好きなのね」と笑えてしまう部分多し。またもや村上さんですが、私は村上さんの小説を読むたびに「今度はどこにマイケル(Michael Jacksonのことね)が出てくるかな!」と楽しみにしています。70年代はJ5で、80年代はソロの話で登場してるんですけど、なんだか嬉しくなっちゃうんですよね。

いつか私も、小説にマイケルが出てくる部分を引っ張り出して、文学論をぶちかましたい!
そう思える楽しい1冊でした。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・小説の読み方は人によってそれぞれですが、私の場合はすごく正統な読み方ばかりしてきたんだなぁとこの本に教えてもらいました。主人公の心の流れや、おおまかな筋を追う読み方ばかり。著者が盛り込んだ小さな遊びをもっと楽しんで読みたいなと思った次第です。

・それにしても、よくもここまでピックアップできたなーと感動です。米原さんが大笑いする理由もよくわかりました。著者を直接知っていれば、より面白いかもしれませんね。



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2009

10/16

Fri.

22:25:02

米原万里の「愛の法則」 

Category【随筆・エッセイ

米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)米原万里の「愛の法則」 (集英社新書 406F)
(2007/08/17)
米原 万里

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書き出しをご紹介します。

 こんにちは。米原です。
 私が、「愛の法則」を研究しはじめたのは、中学生の後半ぐらいでした。すごく興味を持っていたんですね。セックスのことと異性のことばかり考えていました。当時、あまりテレビがなかったものだから、それらについての情報がいちばん集まるのは本だったんです。本をたくさん読んでいたので親は喜んでいましたけれども、私はそのところばかり興味を持って、『千一夜物語』は十三巻全部読んだし、文芸大作と言われるものはほとんど全部、読みました。



この本は、1998年から2005年の間に行われた、米原万里さんの講演録です。掲載順ですと、2005年の「高校生のための文化講演会」、2004年の「高校生のための文化講演会」、1998年の「文化夜話」、そして2002年の「神奈川新聞社神奈川地域社会事業賞受賞記念講演」での講演です。

タイトルから、何か恋愛関係の話かと思われますが、実際には生物学から国際関係、コミュニケーションから通訳業にまでと話題は次々と広がりを見せます。

やはり講演録ですので、音源があったらもっと最高でしょうね。
米原さんのチェコでの幼少時代のお話も、私は書籍でしか接したことがありません。もしこれを音源で聞く事ができたら、どんなに楽しいかと思わずには居られませんでした。きっと落語や漫談のような楽しさがあったに違いありません。

高校生への講演ですので、エッセイとは違う柔らかい表現で語られています。また、高校生の興味を引きつけるように、冒頭の内容(上の書き出し部参照)から聞きたくなってしまうような語りっぷりです。

こんなにも日本語が豊かな通訳さん、憧れます。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・米原さんの作品が好きでよく読みます。この本を読み、話し言葉やスピーチの言葉が書き言葉とは大きく異なることに驚きました。エッセイも、米原さんの声が聞こてきそうなくらいリズム感のある文章です。でも、やっぱり言葉の天才は違いますね。愛読書になりそうです。

・通訳業のセンスはもちろん、努力の賜物という印象を受けました。語学ができる人はたくさんいます。でも通訳を本職とするならば、人より抜きん出た語学力が必要です。文法は完璧で当たり前。単語は知ってて当たり前。スピードだって追求されます。でも、何でも訳せるわけではない。話者の言いたい事が理解できない限り、通訳業は成り立たない。語学力の他、理解力と想像力が無ければ、決して通訳は務まらないということが分かりました。


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2009

07/28

Tue.

08:13:53

打ちのめされるようなすごい本 

Category【随筆・エッセイ

打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)打ちのめされるようなすごい本 (文春文庫)
(2009/05/08)
米原 万里

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米原万里さんの書評集です。

書き出しをご紹介します。

新居の猫と待望の和露辞典

×月×日
 某テレビ番組の世紀末特別企画『ゴルバチョフ』に出演するため、五年ほど前に原書で飛ばし読みした工藤精一郎/鈴木康雄訳『ゴルバチョフ回想録』(新潮社 上下巻)にサラリと眼を通すつもりで頁を開いたら、結局、引きずり込まれてしまった。
 翻訳者の功績か、メリハリが利いていて読み進ませる弾み車の滑りがよくなっている。それでも二段組各八〇〇頁という重さと厚さ。口述筆記したタイピストは腱鞘炎になったんじゃないかしら。こちらは読んでるだけで腱鞘炎になりそうだ。日本の平均的サラリーマンの住居面積や、出勤時のラッシュアワーを知りながら刊行に踏み切った出版社の蛮勇は見上げたものである。



この本に納められているのは、米原さんが大切になさっていたという読書日記と、読売・文春に掲載された書評です。後半の書評は1995年から2005年までですが、前半部の読書日記は2001年頃からのようです。

読了後、「猛烈!」という言葉が頭に浮かびました。
読んでいる本の数も猛烈に多いですし、守備範囲も猛烈に広い。専門のロシア・東欧のものだけではなく、政治、経済、文学と好奇心の赴くまま突き進んでいきます。その好奇心が全く磨耗しないんですね。読めば読むほど、旺盛になっていくようにさえ感じました。

とにかく、余りに量が多いので驚かれることと思います。上の書き抜きでは800ページで読んでるほうも腱鞘炎になると仰っておられますが、この本だって570ページ!文庫にしては厚すぎる!私は表紙から開けて順に目次どおりに読みましたが、急いで読みたい方は巻末の書名索引や著者名索引から、お好きな部分を選んで読む方法もありますよ。

今まで米原さんの書いたエッセイをむさぼるように楽しんできましたが、あのエッセイの影には読者が打ちのめされるようなすごい読書量があったことを知りました。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・前半の読書日記を読み続けると、米原さんのガンの進行状況が所々出てきます。強い人という印象があっただけに、米原さんならガンをも克服すると思っておりましたが、突然の訃報を聞いた時は本当にショックでした。でも、やはり強い人だったんだと思います。辛さなんかおくびにも出さず、ガン治療の本を飄々と評価しておられるのです。そんな米原さんの生き方に打ちのめされました。

・一番印象に残ったのは、あとがきで丸谷才一さんも語っておられますが、あのスターリンが毎日500ページほどを読破する読書家であったという話です。500ページというと、この本を1日で読破するということですよね?これはすごい。私は1週間以上かかりました。

・やはり優れた文章を作るのは、優れた読書だということがわかりました。米原さんの文章は非常にカラフルで、生き生きとしていて、まさに「やめられない止まらない」文章です。ただ速く読めばいいのではなく、きっとするめを噛むかのように、本の内容もじっくりと五感をフル回転させながら読んでおられたように思います。だからこそ、その本とご自分の意見や思いが溶け合ったり、反発しあったりしたんでしょうね。とてつもなく能動的な読書だったんだと思います。これは見習いたい。


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2009

07/24

Fri.

11:41:56

溶ける街 透ける路 

Category【随筆・エッセイ

溶ける街 透ける路溶ける街 透ける路
(2007/05)
多和田 葉子

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書き出しをご紹介します。

ブダペスト Budapest

 ブダペストに行くのは久しぶりだったが、こんなにも雰囲気がウィーンと似ていたかとあらためて驚いた。七〇年代八〇年代と、私は頭の中に東欧と西洋という壁を建てて、ヨーロッパを二分して見ていたが、ブダペストはモスクワではなく、ウィーンと似ているのだった。それが今になってより顕著に現れたのは、ブダペストがソ連の影響を感じさせる要素を神経質に取り除き、キリスト教の色濃いブルジョア文化を前面に出して街を修復したせいでもあるだろう。



多和田さんの本を読むのは、『犬婿入り』に続き2冊目です。私は須賀敦子さんの文章が大好きなのですが、mixiのコミュニティで須賀さんに続く美文として多和田さんの作品が挙げられていたことが、読書のキッカケとなりました。

この本は、ドイツ(ハンブルグに長く住んでおられましたが、今はベルリン在住だそうです)に暮らす多和田さんが旅された街の記録です。それぞれの土地での思いでが短いエッセイにまとめられています。主にヨーロッパが中心ですが、ヨルダン、アメリカのエッセイなどもあります。

須賀さんはイタリアはミラノで暮らされ、その土地での思いでを多くのエッセイに残されました。日本文学の伊語翻訳をなさり、日本へ帰国後も大学でイタリアに関る研究をなさっておられました。多和田さんも須賀さん同様、人生の長い時期をドイツで過ごしておいでです。もう30年近いのではないでしょうか。お二人の文章の共通点は、読者にその土地をもっと知りたくなるような欲求を植えつけるところにあると思います。単なる好奇心で「行って見たい」と旅行を促すようなものではなくて、もっと深いレベルで人や街を知りたいという気にさせられます。学問レベルの一歩手前というところでしょうか。私はイタリアもドイツも訪れた事がありませんが、読書中は今まで本やテレビで見た知識が総動員され、頭の中の一部分がまるでトリップしたような気になりました。

旅行本より、少し深い街のお話です。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・私のソウル生活は、1度目の滞在は2年、今は2度目でそろそろ3年になろうとしています。合わせて5年もソウルに住んでいるというのに、なぜか街を隈なく探検したいとか、列車に乗って国内旅行に出てみたいと思ったことがありません。好奇心が磨耗しているんですね。特に2度目の滞在に入ってからは、家の近所、仕事場、本屋以外のエリアには行ったことないように思います。この作品を読み、どうすれば訪れた街々の息吹を生き生きと感じられるものだろうかと、最初から最後まで感嘆していました。それはやはり滞在国文化への積極的な参加意志と関連しているのでしょうか。ちょっと反省。

・ドイツはもっと固い印象がありましたが、以外とそうではないのかもしれません。北欧のエッセイも大変興味深かったです。外国が陸続きというのは、暮らす人の守備範囲を広げるのかもしれません。

 

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2009

07/17

Fri.

18:32:01

言葉を育てる―米原万里対談集 

Category【随筆・エッセイ

言葉を育てる―米原万里対談集 (ちくま文庫)言葉を育てる―米原万里対談集 (ちくま文庫)
(2008/09/10)
米原 万里

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書き出しをご紹介します。

同じ寝室でベッドを並べて

<米原> 陽ちゃんとは、プラハ・ソビエト学校の同窓なのよね。今日は年表を作ってきたの。私の一家がプラハに滞在したのが、一九五九年十一月から六四年の十一月まで。小森家が滞在したのは、六一年の暮れから六六年の暮れまで。だから、三年ほど重なっている。

<小森> あの頃のチェコはソ連の衛星国で、ソ連の軍人や外務官僚、技術者がいっぱい駐留していて、その子弟のためにソ連政府がつくった学校だった。ソ連本国から派遣された教師がソ連の教科書を使ってロシア語で教えていた。チェコ社会のなかではかなり特殊な学校だったよね。

<米原> 私の両親は最初、そういう特権的な学校へ私と妹(井上ユリ氏=料理研究家)を通わせるのは教育上良くない、チェコの普通の学校へ行かせようと考えてた。だけど、帰国後、チェコ語を続けるには教師も教科書も入手困難だ、その点ロシア語ならば、ということであの学校に決めたみたい。



米原さんが亡くなられてから次々と作品が出てきています。
これは米原さん唯一の?対談集です。非常におもしろい。文章で読んでもかなりおもしろいのですが、音声があったらどんなに楽しいだろう!と思わせる内容です。上に出てくる陽ちゃんは、現東京大学教授の小森陽一先生です。実は私、小森先生は一方的に学会の席上で「お見かけした」ことがあります。しかも本当に少しだけお話したこともあるんです。飄々とお話なさる小森先生を陽ちゃんと呼んでしまう米原さん!ああ、強すぎますw タイトルですが、実は米原さんのご両親がご出張でお家を開ける際、米原さん姉妹は小森先生のおうちにあずけられていたことから「同じベッド」で眠っていたというわけでした。

他に対談なさっているのは、シモネッタでおなじみのイタリア語通訳田丸公美子さんや、養老孟司先生、糸井重里さんなどがおられます。巻末の解説には、同じくロシア語通訳の黒岩幸子さんが今や故人となった米原さんの思い出を語っておられます。これがまた涙ものでして・・・。

ロシア語と日本語を自在に扱える米原さんだからこそ、日本語を育てることの大切さを問えるのではないでしょうか。私も今や海外生活にどっぷり浸かる身となりほんの少しの現地語を話しますが、結局何が言いたいのかを伝えるには、日本語の基礎がしっかりしていないかぎり文章が組み立てられないんですね。言いたいことだけではありません。相手が何を伝えたいのかもぼんやりしてしまいます。幼い子どもに外国語を授けようと躍起になっているママさんらを見かけますが、母国語を育てずして言語力が育つとはいえないように思います。是非この本を読ませたい!

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・コミュニケーションにはいろいろな方法があります。筆談しかり、ジェスチャーしかり、会話しかり。多くの場合、文章を組み立てて相手に届くメッセージを刻む。メッセージを届けるには、共通のルール(文法ですね)に則って、言葉を紡がなくてはなりません。美しく編むには、美しい言葉を。ユニークな模様なら、楽しい言葉を。そうやって言葉を育てることで、随分と色の付いたメッセージを送ることができます。最近は直筆の手紙や電話での会話も減り、どんどんデジタル化されつつあります。この本を読み、改めて温もりの伝わる日本語を使いたいと思うようになりました。

・日頃使い慣れ、すっかり自分のものとなっている言葉が多ければ多いほど、表現のバリエーションが増加します。それには良質の知識をインプットすることが肝心です。何より読書はそんな知的好奇心を満たすに最適ですし、学習ツールとして申し分ないはず。使える言葉、自分の言葉を育てたいと思います。


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2009

06/15

Mon.

22:51:22

他諺の空似―ことわざ人類学 

Category【随筆・エッセイ

私は雨の日の読書が大好きです。(雪でも可。)雨音を聞いていると、なぜか集中力が高まります。特に読書はその本の世界に入り込めるようで、雨の日の行事としては最もお気に入り。昨日も激しい夕立が降り、手元にあったこの本を読みました。

他諺の空似―ことわざ人類学 (光文社文庫)他諺の空似―ことわざ人類学 (光文社文庫)
(2009/05/12)
米原 万里

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先月文庫化された本です。書き出しをご紹介します。

「医者の不養生」

「ママ、ママ」出張先から帰宅するなり、娘が駆け寄って来て、私がコートを脱ぐあいだも息継ぎするのも忘れてしゃべりまくる。「きのうママがお留守のあいだにね、パパったら綺麗なお姉さんを連れてきたの。それでね、リビングのソファーでね、一緒に横になってね、お姉さんたらスカートまくり上げちゃったの。それで股のあいだにね・・・・・・」
 ここで娘は肺に溜めていた空気を使い切ったらしく、息を吸い込んだので、抱きしめて言った。
「はるかちゃん、もうすぐパパがお仕事から帰ってくるでしょう。お話の続きはそのときにしてね」
 まもなく夫が帰宅し、親子三人で夕食の卓を囲んだ。頃合いを見ておもむろに娘を促した。



私が好きなエッセイスト・随筆家と言えば、米原万里さん、沢木耕太郎さん、須賀敦子さん。今でも活躍なさっている方はついに沢木さんだけとなってしまいました。米原さんが亡くなったのは2006年の5月ですから、そろそろ3年になるんですね。この本の単行本が発行されたのが2006年8月ですから、米原さんが亡くなれて直後のこと。この世を去られてから当時連載中だったものがまとめられたりして、次々と新刊がでるのが残念でなりません。

この本は、よくもこんなに・・・と感心を通り越して半ば驚きと呆れと笑いで尽くされるほど、世界中の諺が紹介されています。上の書き出しのように、まずは小話。そこからその逸話に適した諺が紹介され、日本から世界各地の諺へと広がります。専門の東欧だけではなく、英語、ギリシャ語、中国語などなど本当にどこから集めたの!?というほど紹介文は尽きません。少なくとも、この諺を集めている米原さんは、パワー全開そのものだったんじゃないかと思います。そうでなければ、これだけもの諺なんて集められないでしょう。

何度読んでも、米原さんのエッセイは笑えてしまいます。米原さんの後に続くエッセイストの登場を期待せずにはいられません。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・副題に「ことわざ人類学」とあるように、どの言葉も必ず兄弟姉妹のような似た面影をもつ言葉があります。表現法は違えども、人の心の中身というのはどこに行っても似たり寄ったりなのかもしれません。

・この中では朝鮮語系のことわざは3つしか出てこないのですが、こんなに近い国なのに随分諺の表現が違うのに驚きます。当時の流行のユーモアが今でも諺として残ったのかしら?と思わされるものもいくつかあり、それがもう少し紹介されてたらおもしろいのに!と思いました。

・遺作とありますが、これほどパワフルな文章なのに、病に冒されていたとは・・・。ああ。本当に惜しい方を亡くしたと今でも残念に思えてなりません。


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2009

05/23

Sat.

09:48:52

生半可な学者―エッセイの小径 

Category【随筆・エッセイ

以前、村上春樹さんと柴田先生の『翻訳夜話』という本を読みました。それがとてもおもしろくて、柴田先生のエッセイも購入。

過去記事参照 jumee☆arrow5R 【本】和訳って難しい!

生半可な学者―エッセイの小径 (白水Uブックス)生半可な学者―エッセイの小径 (白水Uブックス)
(1996/03)
柴田 元幸

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書き出しをご紹介します。

 狭いながらも楽しいわが家
 愛の日影のさすところ
 恋しい家こそ 私の青空

― 名訳詞家、堀内敬三訳による、おなじみ『私の青空』の一節。一九二七年にジーン・オースティンが歌ってアメリカでヒットし、日本でも翌年、二村定一の歌で大流行した曲である。大正生まれの僕の父親が言うには、この歌がはやった昭和一ケタ当時、毎日夕方になると、勤めを終えた僕の叔父が「夕暮れにぃ 仰ぎ見るぅ・・・・・・」と歌いながら帰ってくるのが聞こえてきたものだという。



柴田先生の初エッセイ。講談社エッセイ賞受賞作品です。
やっぱり村上春樹さんに通ずる香りがしました。きっとアメリカ文学が二人を繋げているんでしょうね。驚いたのは柴田先生、小柄な方なんだそうです。このエッセイの中では身長は160cm以下で、体重も40kg代と暴露しておられます。そこらの女の子よりも細いかも・・・jumee☆sweat2Rb 確実に私より軽いですよ、柴田先生・・・。

ということで、検索してみました。柴田先生の画像。



私の恩師も小柄な方でした。たぶん柴田先生と同じくらいだったと思います。それだけで、もっと柴田先生に親近感が湧きました。

エッセイの話に戻りましょう!jumee☆loud laugh1と大笑いあり、笑と吹きだす話あり。やっぱり翻訳家のエッセイは面白い!という自説を裏付けてくれる1冊です。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・文章で笑わせるには、笑いのセンスのほか、言葉へのセンスも必要だということを痛感。柴田先生の選ぶ単語の一つひとつに才能を感じざるを得ませんでした。

・というより、それだけのセンスがあるから、素晴らしい翻訳もできるわけですよね。やっぱり日本語力は全ての分野において、今や必要な能力なんだと思います。こうしてブログを書きながら、「ああ、もっとおもしろい文章を書きたい!」ともだえている私には、日本語センスは今もっとも欲しいアイテムです。

・アメリカ文学への愛、溢れまくりです。米文学がお好きな方なら、倍楽しめると思います。


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2009

02/04

Wed.

14:33:14

イギリスはおいしい 

Category【随筆・エッセイ

何か イギリス 的なものが読みたいなーと思い、久々にこの本を読みました。

イギリスはおいしい (文春文庫)イギリスはおいしい (文春文庫)
(1995/09)
林 望

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私の初めての海外旅行はイギリスでした。ちょうどその頃この本が刊行されて、俄かに英国ブームが広がり、Brit Popも人気を博しました。とても有名な本ですから、多くの方が手にしたことのある1冊かと思います。私も何度も何度も読みました。今では「イギリス」と「おいしい」という言葉のコンビネーションに疑問を抱くどころか、「お菓子、おいしいじゃん」と思う私ですが、この本が出た当時はとてもユニークで奇抜なタイトルに感じたものです。なぜなら、「イギリス」の枕詞は「まずい」だったから。

では、書き出しをご紹介しましょう。

 イギリスに行く、というと誰でも、少なくとも一度でも行ったことのある人は、決まって「そりゃあいいなあ、しかしイギリスは飯がまずいからなあ」と半分羨望の、そうして残りの半分は同情の表情で言うのである。
 イギリスの食事が、概してまずいことは世界の定評であって、さすがイギリスを愛すること人並以上の私も、このことは遺憾ながら「ある意味で」認めざるを得ない。フランス人の如きは、イギリスの食べ物というと、一から十まで、一つとして取柄のない「カス」であるかのように罵るのであるが、しかし、こうした評価は、ある意味では正しいとしても、常に妥当であるとは思えない。味覚というものは、周知の如く、本質的に、慣れによる相対的な評価でしかあり得ないからである。



もう昭和の話ですが、私の父のいとこが高校の交換留学かなにかで1~2年をイギリスで過ごしました。伯父が我が家に遊びに来る度、「○○(父のいとこ)から手紙が来たんだけど、相当食事がひどいらしいんだ。育ちざかりなのに、毎日同じ豆とパンばかり食べてて、それでも足りないからお小遣いでりんごを買って食べてるっていうんだよ。しかもさ、姉さん(私の祖母)、イギリスにはバナナがないっていうんだから、オドロキだよね。北海道も戦時中は食べ物無かったけどさ、○○の手紙読んでると、その頃を思い出しちゃうんだよなぁ。」と、イギリスの食について、娘の健康について嘆いていくのです。小学生の頃、テレビでダイアナ妃の結婚式を見た私は、あの豪華絢爛さを「英国」として理解していました。ですから伯父の言葉にそれはそれはビックリだったのです。

りんぼう先生はお料理が得意だそうで、「食」をテーマにおもしろおかしく英国料理を紹介しています。面白いのは、国文学の先生の書いたイギリス考というところでしょうか。多くのイギリス本は旅行好き著者か英文学の先生によって書かれています。この本が出る前までのイギリス本を見ると、大抵すごく重い内容です。歴史、地理はもちろんのこと、随所に有名な作家のお話が出てきます。リンボウ先生の登場で、こういう読み物として楽しいイギリス本がたくさん発行されるようになりました。ひょっとするとガイドブック業界にも影響を与えたかもしれませんね。

イギリスと言えば、やっぱりクリーム・ティーです。(スコーンなどの軽食とミルクティ)今までスコーンは外で買うものと思っていたのですが、この本に作り方が書いてあります。私も何度か試してみました。焼きたては最高においしいです。どうぞお試しあれ。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・異文化を理解するには、りんぼう先生のように食べ物から入るのも良いかもしれませんね。「郷に入っては郷に従え」とはよく言ったもので、海外で何かを習得しようとする人は現地のものを食し、現地の人と同じように時間を有し、現地の方法で考え、現地の言葉を話す。つまり、その地域の人に成りきって生活すれば、オペラでも文学でも料理でもいつのまにかすっと体に入ってくるというのです。でも、個人的には「食」が一番難しいと思っています。(経験談。いまだにキムチの国の食事を取るとおなかを壊している私って・・・。)だからこそ、りんぼう先生式「お食事体験記」風に 絵文字名を入力してください と滞在地を比較してみるのも良いのではないでしょうか。

・味覚は人の感性ですから、必ずしも全ての人が一致した感想を持つわけではありません。また10年前は好きではなかったけど、今はむしろ好物になってしまったりと同じ人でも好みの傾向は変わります。その地域の人が感じる「おいしい」とはどんな物なのかを知ることは、その文化に近づく方法の一つです。最初は「!##&’&”#+!」でも、食べ続けているうちに「おいしい!」に変わるかもしれません。

・今年は絶対にヨーロッパ旅行をしたいと思っています。夫婦で行けたら最高ですが、場合によっては一人ででも強行したいと計画中です。おいしいクリーム・ティーにめぐり合いたいなー。

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2009

02/02

Mon.

14:31:53

雨にもまけず粗茶一服 

Category【随筆・エッセイ

何か軽いモノをとこれを読んでました。


雨にもまけず粗茶一服〈上〉 (ピュアフル文庫)雨にもまけず粗茶一服〈上〉 (ピュアフル文庫)
(2008/09/10)
松村 栄子

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雨にもまけず粗茶一服〈下〉 (ピュアフル文庫)雨にもまけず粗茶一服〈下〉 (ピュアフル文庫)
(2008/11/10)
松村 栄子

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下巻の帯に『ほろりとくるエンディングまで、一気読み!!!』とありますが、病気でうんうん云いながらの読書でしたので、私は2日で読みました。でも、確かに一気読みしたくなる楽しさ満点本です。

では、書き出しをご紹介します。

 降ろしたすだれの向こうで蝉が鳴いている。庭の松の木に止まっているらしい。
 建具は開け放たれ、畳にすだれ越しの柔らかな光が細い縞模様を描いている。同じ模様が、畳から這い上がるようにして、端近くに並んだ客たちへの背中へと続いている。客は男性ばかり十名ほど。麻や絽の和服姿が多い。
 釜は最前からしゅんしゅんと音を立てている。その前で柄杓を構えた女性は、薄藤の一つ紋に紺の絽袴、肩のあたりに生真面目な緊張をたたえ、かすかな気合とともに今、釜の蓋を開けた。やかましいほどの釜音は一瞬にして絶え、客たちはふと我に返る。頃合いと見て、亭主である家元が茶道口に姿を現す。
 「今日はお暑い中をご足労いただきまして」
 「ご足労と言われてもなぁ、まあ、十歩くらいのもんですわ」
 正客として上座にいるのはすぐ隣の寺の和尚なので、澄ました顔でそう答えると、席中に微笑の波紋が広がる。



以前にご紹介した『日日是好日』は、すこーしお茶の知識があった方が楽しめると思いますが、こちらはお茶の世界なんか知らなくても大丈夫。

jumee☆arrow5R 過去記事参照

この作品、京都新聞で「友衛家の茶杓ダンス」として連載されていたそうです。著者は芥川賞受賞者の松村栄子さん。ちょっとお茶のお話を読みたいなーと思っている時、なんとなく購入した本です。amazonの評価が高かったのも購入に繋がりました。

お茶と言えば、京都を連想しますよね。このお話の主人公は、東京にある<坂東巴流>を伝える友衛一家のお話です。坂東巴流は、武家のたしなみである弓道、剣道、茶道を伝えています。その三つは通ずるものとして教えてはいますが、今で茶道が流派の重きをなしている。(というのも、剣をふるったり、弓を放ったりの武士的生活、今はなかなかやりにくいですから)一方、京都にもうひとつ<巴家>という茶家があります。実はこれも友衛家から出ている。どうして<坂東巴流>が出来たかと言うと、江戸時代に赤穂浪士の噂を聞きつけた仙之介という人が、東京に出たからです。(まぁ、野次馬ということでしょうか。)その時「のれん分け」のような形で巴の名で流儀を教え始めたのが始まりです。二つの違いは、<坂東巴流>が武士三点セットを指導しているということ。

主人公は東京のご長男(友衛遊馬)。家業を継ぐのがいやで、放蕩するという話です。その放蕩先はなぜか遊馬が嫌がっていた京都です。私は京言葉というのがどういうものかよくわからないのですが、京都新聞で連載されていたくらいですから、その言葉もみごとなものなんだと思います。ただ面白いだけじゃなくて、ウンチクあり、笑いありです。京都弁って、リズミカルなんだなーと思いました。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・こういう小説を楽しめるのって、日本人の特権だと思います。小説から季節感を味わえるって最高だと思います。

・前にもチラ書きしましたが、ワタクシ、お茶を習っていた時代がございます。今でもおうちで一人抹茶立てたりはしますが、本格的なお稽古は遥か昔に遠ざかったままです。でも、続ければよかったと後悔してます。一番懐かしいのはお茶菓子です。あれはまさに芸術そのもの。札幌あたりでもそれなりのお菓子が手に入りますから、京都でならばそれは見事なものが手に入るのではないでしょうか。この本を読むと、お茶よりお菓子の印象が残ります。ああ、お菓子食べたい!

・各章のタイトルが面白いです。一ひねりあるものばかりで、これも楽しめました。

・人情たっぷりの本です。こういう世界っていいですね。私が家元の娘だったら、きっと遊馬のように脱出していたと思います。そうですねー。行き先はやっぱりヨーロッパあたりかなー。それで、茶道でお小遣いを稼いで、どうにか口に糊をする・・・。あ、なんか楽しそう!


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2009

01/25

Sun.

18:15:52

日日是好日 

Category【随筆・エッセイ

大学生の頃、茶道を習っていました。
キッカケは祖母の女学校時代の友人がお茶の先生だったからです。土曜の午後、いつも「行きたくない」と思いながらも、千秋庵のお茶室へ通いました。結局5年続けたお茶ですが、お休みしたほうが多かった気がします。我が家の門限は22時半でしたから、ただでさえ遊び時間が少なかった。外泊なんてとんでもない!というような家でした。だから、貴重な土曜の午後をお茶で潰されるのがもったいなかったんです。そのうち一人暮らしをはじめ、私はお茶を辞めました。でも、今でも後悔してるんです。もっとしっかりやれば良かった。続けていればよかった、と。ああ。初釜、楽しかったなぁ。着物、また着たいです。

森下典子さんは、私と同じような理由でお茶をはじめながらも、二十年近くお茶を続けておられます。

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ (新潮文庫)
(2008/10/28)
森下 典子

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書き出しのご紹介です。

まえがき

 毎週土曜日の午後、私は歩いて十分ほどのところにある一軒の家に向かう。その家は古くて、入り口には大きなヤツデの鉢植えが置いてある。カラカラと戸を開けると、玄関のたたきには水が打ってあって、スーッと炭の匂いがする。庭の方からは、チョロチョロとかすかに水音が聞こえる。
 私は、庭に面した静かな部屋に入り、畳に座って、お湯をわかし、お茶を点て、それを飲む。ただそれだけを繰り返す。



今、こうして大人になって少しずつ気付き始めました。「和」を彩る文化はとても哲学的だと思います。大学生の頃は、知ったかぶりで「わびさび」とその世界をまとめていました。かび臭いと云うか陰気と云うか、とにかく昔昔した骨董感に価値を見出せていなかったんですね。同じアジア圏でありながら、私の住んでいる国には季節感を楽しむ習慣が多くはありません。だからこのエッセイは染みました。忘れかけていたことが、一気に飛び出してきました。私の中には、しっかりと和を慈しむ心があり、それを愛する血が流れている。外国で暮らしていて一番日本が恋しい時って、雨のにおいや風の音、花の香りのような小さなことの方が切なくなるほど懐かしくなります。まるで五感をぎゅっと掴まれ、もう逃げられなくなるような感じです。

何度目かの初釜の時、両親が着物をあつらえてくれました。背中に家紋の入った抹茶色の着物です。着物に袖を通す心地よい緊張感は、日本人だからこを喜べるものなんだと思います。

一見堅苦しさばかりの茶道ですが、実は自由であり、宇宙であることがわかる1冊です。

jumee☆point1d この本を読んで jumee☆point1d

・お茶と宇宙
お茶を習っている時、私も著者と同じく疑問がたくさんありました。でも、この本のおかげでいろいろな理由がわかりました。それは手順とかじゃなくて、禅問答のようなはっきりした答えのない問いへの答えです。例えば、どうしてお茶を「たてる」は「点てる」と点の字をつかうの?とか、ね。

・お茶はブレークスルーをもたらします
煮詰まった時、思ったように自分をコントロール出来ない時、私はよく一人お茶を点てて心を落ち着けます。すると不思議なことに必ずブレークスルーが起きるのです。突然すこーんと何かが抜けます。すると見えてくるんですね、答えが。たった5年のお茶人生でしたが、作法はなってないとは云え、今でも体が覚えています。道具も十分ではありませんが、一連の作業を終え、自分で点てたお茶を飲む。たったそれだけなんですが、その間は「無心」なんですよ。瞑想に近い何かがあるのかもしれません。

・文庫本のほうが表紙がいい!
単行本の表紙、なんだか味気ないですよね。これは文庫版に1票!デザイン変えて、大正解だと思います。

日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ
(2002/01)
森下 典子

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2009

01/07

Wed.

17:50:50

ボクの音楽武者修行 

Category【随筆・エッセイ

現在、ウィーン国立歌劇場音楽監督 であられる小澤征爾さんが、ボストンで凱旋公演を行ったニュースを見ました。小澤さんが、どうやってヨーロッパからアメリカに渡り、世界に認められるようになったのか。それが知りたくて、この本を読みました。

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
(2000)
小澤 征爾

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書き出しをご紹介します。

 まったく知らなかったものを知る、見る、ということは、実に妙な感じがするもので、ぼくはそのたびにシリと背中の間の所がゾクゾクしちまう。日本を出てから帰ってくるまで、二年余り、いくつかのゾクゾクに出会った。
 神戸から貨物船に乗って出発、四日目に、ぼくにとって、物心ついてから最初の外国であるフィリピンのエスタンシヤという島が見えだした時 ―
 六十日余りの気の遠くなるほど長い長い船旅のあと、何日ものスクーター旅行でパリにだんだん近づき、やっとパリのセーヌ河のふちにたどり付いた時 ―
 少々空想的に考えていたチロルで、銀雪に輝く山頂にスキーで登って、ギョロリと山々を見まわした時 ―
 また、ヨーロッパから飛行機でボストンに飛び、機上から初めてアメリカ大陸を見た時 ―
 ニューヨーク・フィルの一行と、太平洋の上を飛んで来て日本の土が見えた時 ―
 これらは、いま思い出してもそのゾクゾクの代表的なものだ。
 しかし、まだある。



この本が書かれたのは昭和55年ですから、もう30年以上も前のことになります。
今考えると、非常にキテレツな方法で渡欧されたと感じることでしょう。でもそこには、本場でクラシックの息吹を感じながら音楽を聞きたい、学びたいという小澤青年の強い気持ちが溢れています。それはただ、「行きたい」ではなくて「行かねばならない」ほどの強い強い意志です。

小澤青年は、船で60日もかけてヨーロッパへ渡ります。それも、1台のスクーターと共に。
30年以上前ですから、スクーターといっても今のように快適なものではなかったはずです。(しかも、そのスクーターを手に入れるのに、とんでもないエピソードがあります。)フランスについた小澤青年は、スクーターにギター(ギターケースに大きな 絵文字名を入力してください 付き)で歌を歌いながらパリへと進みます。その様子は、ワクワクするほど楽しいです。小澤征爾さんは、若い頃から超1級のポジティブ思考者だったんですね。

この本が普通の旅行記や留学記と違うのは、小澤青年の音楽に対する尽きない情熱と、家族や友人への思いやりの深さが、読み手にも伝わる点かと思います。青年らしい奔放さの合間にのぞく人間らしさが、あの「世界の小澤」の裏側を見たようで嬉しくなりました。

jumee☆point1dこの本を読んでjumee☆point1d

・情熱は人を成功へ導くというのは、本当ですね。

・海外で生活するものとしての秘訣に溢れる本でした。自国を離れて生活するということは、想像以上に辛い場面がたくさんあります。言葉や食だけでなく、水や空気が合わないといったことさえあるのです。そしてこの辛さを全く感じずに海外生活を送ったという人はいないでしょう。(私は出会ったことがありません。)つい、滞在国での不満を口に出してしまいますが、その不満を口に出した途端、マイナス要素は倍に倍に膨らんでいくのです。小澤青年は、不満らしき不満は全く口に出していません。家族に会いたいとか、畳が恋しいとか、そんな程度。私もこれ以上不満を膨らませないように気をつけなくてはと思いました。

・好きなことを追求し、極める。これほど心を躍らせつつ、人を育てるものはないと思います。ワクワクの種は、老いも若きも育てることができるようです。1935年生まれの小澤青年は、今では小澤翁と呼ばれてもおかしくない年齢です。(73歳です)でも、テレビで見た小澤さんは、この本に出ている青年時代と変わらない情熱を持った方のように見えました。今でも毎日楽譜を勉強なさっているそうです。

若いのに自分の夢がわからない人に是非読んで頂きたいと思います。
夢の持ち方、育て方がわかりますよ。

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2008

12/30

Tue.

20:07:56

気になる部分  

Category【随筆・エッセイ

米原万里さんのエッセイが好きです。余りの面白さに、それから翻訳家のエッセイに手を染めるようになりました。そこで私が発見した「法則」をご紹介したいと思います。

?翻訳家のエッセイは、たいてい面白い。
?エッセイの面白さは、翻訳の上手さに比例する。

これ、かなりカタいと思うんですけど、いかがでしょう?

で、今回読んだエッセイは、かなり独特な世界でした。

気になる部分 (白水uブックス)気になる部分 (白水uブックス)
(2006/05)
岸本 佐知子

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表紙デザインのかわいさに騙されてはいけませんよw

では、書き出しをご紹介します。

 世の中の人間を二種類に分けるいちばんの手っ取り早い方法は、<数学心のある人とない人>だと思う。言うまでもなく私は<ない>の部類である。数学心のない人というのは、言ってみれば1+1=2という数学における大前提を、心のどこかで信じていないような人のことである。1+1=2、たしかに理屈ではそうだろう。が、足されるものの性質とか、足す人のその時の気の持ちようでは、2.0013とか、1.99875とかになることだって、あってもよさそうなものじゃないか。そう密かに感じている人のことである。



最初から最後まで、「妄想」という言葉を頭のどこかにひっかけながら読みました。米原さんとはちょっと違うタイプの翻訳家さんです。これって、言語の違いも関係するんでしょうかね。思えば英語の翻訳家さんのエッセイは初めて読みます。笑いのツボが大味なんだろうか。うーん。

ただこのエッセイ、私も共感出来る部分がいくつかありました。そういう私も妄想癖ありますんで・・・。
会社勤めが合わない体質だとか、数字に弱い体質だとか、「おお、私も!」と思わず声に出したくなるような部分もいっぱいです。

帯には「名翻訳家が贈る抱腹絶倒のエッセイ集 「奇妙な味」をめしあがれ!」とありますが、私が笑えた箇所は2つ3つだった気がします。

“茶碗蒸しの作り方”に関する穴埋め問題で、「・・・・・・このとき、醤油を入れすぎると(   )が悪くなってしまいます」の(   )内に“気持ち”と書いて失脚した者もいた。正解は“色”である。言っておくが、女子校だ。 P11

これは笑った!「気持ち」も正解ですよねw



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2008

11/14

Fri.

10:11:00

柿の種 

Category【随筆・エッセイ

親友に「なにか面白い随筆はない?」と尋ねたところ、この本を紹介してくれました。

柿の種 (岩波文庫)柿の種 (岩波文庫)
(1996/04)
寺田 寅彦

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 日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 しかし、始終ふたつの世界に出入りしていると、この穴はだんだん大きくなる。
 しかしまた、この穴は、しばらく出入りしないでしると、自然にだんだん狭くなって来る。
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないが、また知っていても別にそれを捜そうともしない。
 それは、ガラスが曇っていて、反対の側がみえないためか、あるいは・・・・・・あまりに忙しいために。
 穴を見つけても通れない人もある。
 それは、あまりからだが肥りすぎているために・・・・・・。
 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。
 まれに、きわめてまれに、天の焔を取って来てこの境界のガラス板をすっかり溶かしてしまう人がある。



エッセイと随筆の違いって何でしょう jumee걲whyL
goo辞書には、こうあります。

ずいひつ 【随筆】
見聞したことや心に浮かんだことなどを、気ままに自由な形式で書いた文章。また、その作品。漫筆。随録。随想。エッセー。

エッセー 【(英) essay; (フランス) essai】
(1)形式にとらわれず,個人的観点から物事を論じた散文。また,意の趣くままに感想・見聞などをまとめた文章。随筆。エッセイ。
(2)ある特定の問題について論じた文。小論。論説。

あれ。いまいちよくわかりませんjumee걲whyR
ちなみに、散文はこうです。

さんぶん 【散文】
韻律・字数・句法などに制限のない通常の文章をいう。小説・随筆・日記・論文・手紙などに用いられる文章。⇔韻文

この作品を読み、随筆とエッセイの違いがわかった気がしました。
随筆もエッセイも、自由なテーマで書かれたものです。きまった形式もありませんし、長さもまちまちです。私が思うにですが、随筆はとても静的。淡々と情景が描かれています。エッセイの方が筆者の感情が現れているような、「私=語り手」の喜怒哀楽が見えて、それが読み手の感情のガイドラインとなっているような・・・。随筆は絵画で、エッセイは映画。うーん。上手く説明できません。でも、なんとなく伝わります?

『柿の種』、一度に読みきらず、ゆっくり読むのがベストです。
いろんな絵が浮かんできます。それがとても心を満たしてくれる。いろいろな考えが頭に浮かんでくるのですが、どれも仄かなので返って心が揺さぶられました。

もう少し、随筆読みたいと思います。

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2008

11/06

Thu.

12:50:10

ガセネッタ&(と)シモネッタ 

Category【随筆・エッセイ

 このあいだ字幕翻訳の戸田奈津子さんが、一番苦労するのがユーモアの翻訳だとおっしゃっていた。現代版ファウストといった趣の『ディアボロス』と言う映画で悪魔役のアル・パチーノが、主人公と初対面の際、「ジョン・ミルトンです」と名乗る場面で、アメリカの映画館ではワッと客席がわくのに、日本ではいたって静か。元祖『失楽園』の著者の名前が常識になっている文化圏とそうでない文化圏の差がモロに出る。それが笑いなのだ。「渡辺淳一です」とでも翻訳したら、かなり受けるのかもしれない。 



これは、米原万里さん『ガセネッタ&(と)シモネッタ』の書き出しの文章です。

ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)
(2003/06)
米原 万里

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「言葉」は元来「記号」です。この本は「言葉」についてのショートエッセイが収められています。とくにあの『ユリシーズ』や、あの『フィネガンズ・ウェイク』を訳された柳瀬尚紀さんとの対談は、外国語学習者は必読です。私は米原さんや柳瀬さんのように辞書を使い倒したことがありませんので想像すらできませんが、お二人によりますと、辞書には載っていない語の方が多いそうです。たった一つの日本語訳に、お二人は本当に繊細で精密な作業を続けておられる。言葉をいかに尊重しておられるかが伝わりました。

語学のプロである通訳・翻訳家ですら、上のようなコメントを残していらっしゃるのです。文法や単語帳とは無縁の「サバイバル“耳”学習法」でどうにか日常を送っている私には、ユーモアは高いハードルそのもの。体を張ったギャグなら、なんとかわかります。でも漫談のように言葉だけで笑わせるジャンルは理解不能。脳も完全停止状態に陥ります。ユーモアは外国語およびその文化の理解度のバロメーターともいえるのではないでしょうか。落語や漫才を私たちと同じタイミングで笑える外国人がいるとしたら、その方はきっと上級レベルの日本語を操るに違いありません。

教える立場になり、いかに自分の日本語が乏しいものであるか痛感しています。授業前の準備、それはもう辞書や参考書を引きまくります。すると、「ああ、私、母国語ですら上手く使えてないんだな。言語に弱いんだな。」と痛感せざるを得ないのです。明治や昭和初期の古い文章が理解できなかったり、俳句や短歌もわからない。この本を読み、かなり反省しました。言葉にできないことが多すぎるのです。

感性、好奇心が薄れているのかもしれません。もっと言葉に貪欲になろう。言葉に貪欲である人は、母国語もそして外国語も上手に操れるのだと思います。その証拠に米原さんは、ロシア語のみならず数ヶ国語を操り、さらに素晴らしい文章家でもありました。伝えようとする内容が母国ですら乏しいものならば、外国語だって乏しくなる。感動的な外国語の演説も、母国語が乏しければ、その魅力は十分に伝わらないでしょう。結局、母国語できないと外国語だってムリって事ですね。そして、言葉に貪欲な人は話が面白い。言葉遊びが上手で、ユーモアに長けています。

先月はなかなか読書がはかどりませんでしたが、今月はインプットを重ねることにします。まずは日本語の蓄積量を増やすことから、ですね。


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2008

10/29

Wed.

19:18:44

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 

Category【随筆・エッセイ

学生の頃、「語学」をキーワードに読書を繰り返していました。通訳、翻訳、留学、言語学、○○語勉強法、文学・・・。多くはエッセイか専門書でしたが、エッセイの中でダントツに面白かったのが米原万里さんの『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』でした。

内地北海道 弁で「本州」のこと)の人にとって、近い外国と云えば 中国韓国 かと思います。日本地図をみれば一目瞭然ですが、 北海道 から最も近いのはロシアです。今はもう「ソ連」と呼ばれていた時代を知らない人も多いかと思いますが、米ソの冷戦時代が幼少期であった私には、ソ連は距離的な近さはあっても近寄り難い国として映っていました。そんなロシアとの心の距離を埋めてくれたのが、米原さんのエッセイです。いつ読んでも、何度読んでも楽しめます。

お昼にパスタを食べました。突如気分はイタリアに。
ということで、この本を読みました。

パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)パーネ・アモーレ―イタリア語通訳奮闘記 (文春文庫)
(2004/09)
田丸 公美子

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イタリア語通訳の田丸さんは、米原さんの親友です。米原さんの師である徳永晴美さんは、米原さんにSimonetta d'Oggi(シモネッタ・ドッジ)という屋号を贈っています。ところが田丸さんは米原さんの上を行く凄腕。米原さん、その名を献上なさいました。

田丸さんの文章も、イタリアの豪快さや明るさを想像させる楽しい文章でした。
ますは、書き始めをご紹介しましょう。

通訳はその言語の文化に同化する

 私がイタリア語通訳を始めたのは大学在学中のことなので、今日までほぼ三十年、舌先三寸で口を糊してきたことになる。聖書にも“はじめに言葉ありき”という有名なフレーズがあるごとく、言葉は自分が自分である存在理由である。ところが通訳は、仕事の現場では他人になりきって、その人の言わんとすることを他者に伝えなくてはならない。恐山のイタコの口寄せそのものである。
 彼女たちは一度自己を捨て陶酔、すなわちトリップ状態に入る儀式を経て使者になりきり、最後は放心状態でぐったりしているという。そのくらいのエネルギーを使うのである。通訳も同じ、その間は脳内パワー全開状態で、猛烈に甘いものが食べたくなる。脳に供給されるエネルギーは、ブドウ糖のみというところから、「ああ、脳が動いているな」と実感させられる瞬間である。当然ストレスがたまる。
 



米原さんの本で「シモネッタ」である事が公表されていることもあり、きっと「おもしろい本を!」とご苦労なさったのではないかな?と思いました。あの、下ネタを期待している方には完全に物足りない本です。これは通訳者の奮闘記ですので、あしからず。 語学を学ぶ努力、言葉を扱う難しさがつめられた一冊だと思いました。決して言葉を邪険に扱わず、丁寧に我が物とする姿が印象に残ります。

イタリアだけあって、ファッションや建築関係のお仕事の話が多く散りばめられており、ちらほら出てくる有名デザイナーの名だけでも華やかさを感じます。お国柄、きっと美的感覚も日本の「わびさび」とは真逆の「太陽」や「愛」みたいな派手さがあるのでしょう。どうやら田丸さんもド派手なお方のようです。

この本を読んで学んだこと jumee☆point1d
外国語の上達には、高度な日本語能力が必須なこと。日本語でも文章に出来ないなら、外国語にはできない。素晴らしい外国語の文章に接しても、その美しさを享受できる母国語の感性がなくては、理解・共感には結びつかない。日本のことわざ、もっと学ばなくちゃと思いました。
外国語の上達には、聖書、ラテン語、ITの知識が必要なこと。結局、文化背景がわからないと、 jumee☆whyL なんですね。
英語はやっぱり便利。イタリア語通訳の田丸さんですが、中・高とカトリック系の学校で英語漬けの教育を受けておられたそうです。もちろん、英語もかなりおできになる模様。最近では日常にIT用語が増え、その多くは英語が基になっています。イタリア語でもどんどん英語が取り入れられているようで、伊製英語なんかもあるようです。
関心の分野を広げること。関心を持てば、その世界を知りたくなります。そして「これ、○○語でなんていうのかな?」と自分の学習言語へ結びつけることで楽しさが広がります。

語学に携わっている方、是非読んで見て下さい。
ヤル気、いただけますよw


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2008

10/17

Fri.

13:14:47

旅行者の朝食 

Category【随筆・エッセイ

今日はお友達にお願いして買ってきてもらった本を読みました。

旅行者の朝食 (文春文庫)旅行者の朝食 (文春文庫)
(2004/10)
米原 万里

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今、猛烈にトルコ蜜飴、いえハルヴァが食べたい。
この本の検索をすると、多くの人が「トルコ蜜飴」の魅力にとりつかれるようなのです。どうしてもそれが何か知りたくなりました。そしてこの本を読み、私も多くの読者同様、トルコ蜜飴が頭から離れなくなったのであります。

まずは、そのトルコ蜜飴の章の書き出しをご紹介しましょう。

トルコ蜜飴の版図

 トルコ蜜飴という菓子の名前を初めて知ったのは、ケストナーの『点子ちゃんとアントン』という小説である。このシリーズ、わたしが小学生のころは結構人気があって、今でも同年輩にたずねると、必ず、
 「ああ、読んだことある」
 という答えが返ってくる。しかし、
 「トルコ蜜飴って出てくるでしょう」
 と問うても、十人中十人が首を傾げる。
 「エッ、そんなのありましたっけ」
 話のすじに無関係に実にさりげなくトルコ蜜飴という言葉が出てくるので、大多数の読者の記憶をかすめもしなかったのだ。
 なのにわたしときたら、トルコ蜜飴という字面を見ただけで、心が千々に乱れたのだった。なんて美味しそうな名前。どんな味のお菓子なのか。どんな色と形をしているのか。一度でいいから食べてみたい。
 


ケストナーは私も大好きで、今でもよく読んでいます。もちろん『点子ちゃんとアントン』は100回以上読みました。(しかもドイツ語版も持っている!)なのにトルコ蜜飴なんてありましたっけ? jumee걲whyR 
米原さんのお友達同様、まったく思い出せませんでした。

点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)
(2000/09)
エーリヒ ケストナー

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プラハで幼少時代を過ごした米原さん。トルコ蜜飴は、大人気のお菓子でした。でもロシア人の同級生は「これなら、ハルヴァのほうがおいしい」というのです。ここから先、ハルヴァがどんなにおいしいのかが続きます。お菓子好きなら、ここから先は拷問同様!トルコ蜜飴とハルヴァが頭の中でぐるぐるぐるぐる。口の中は大変なことになります。

トルコ蜜飴は、ヌガーに似たお菓子のようです。本文によると、

ヌガーをもう少しサクサクさせて、ナッツ類の割合を多くした感じ 

だそうです。

あああああ。どこに行ったら、食べられるのでしょうか。
ソウルのトルコ、ギリシャあたりのレストランに行ってみるべきでしょうか。

調べたところ、wikipediaに詳しい説明がありました。



驚いたことに、ハルヴァはアラブ、地中海、フィンランドあたりまでで広く食べられているようなのです。なんと볷궻듴でもネットで取り扱っているところがあるみたい。便利な世の中になりましたねー。

この本によりますと、ハルヴァはだれもが作れるものではなく、やはり専門の職人さんの味には叶わないそうです。その地方に行く予定のある方、これは必食かと思いますよ。

ギリシャあたりへ行かれる方、どうか私の分のハルヴァも買ってきて下さい。
お礼ははずませて頂きますので、どうか何卒よろしくお願いいたします 븶룙

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2008

06/05

Thu.

18:19:06

悪女入門―ファム・ファタル恋愛論  

Category【随筆・エッセイ

今、『須賀敦子全集 第4巻』を読んでいます。4巻には「遠い朝の本たち」「本に読まれて」「書評・映画評ほか」が収録されています。これを読んでいたら、急にヨーロッパの小説が読みたくなりました。気分的にはフランスあたりの作品を読みたかったのですが、今、手元にあるフランス文学関連本はこの1冊のみ。

悪女入門―ファム・ファタル恋愛論 (講談社現代新書)悪女入門―ファム・ファタル恋愛論 (講談社現代新書)
(2003/06)
鹿島 茂

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あれ、デザイン、変わったんですね。
私の持っているものは、黄色のカバーでカルメンっぽい絵が描いてあります。

ところで、副題が見えますでしょうか。

「男を破滅させる運命の女!」 

私の持っている版では、帯に「男を惑わす<危険な女>の秘術」とあり、表紙の副題には「男を破滅させずにはおかない運命の女femme fatale― 魔性の魅力の秘密は何か。宿命の恋の条件とは。フランス文学から読み解く恋愛の本質、小説の快楽。」とあります。

さすがフランス文学!魔性です(笑)

実はこの本、文学論としてとても楽しい本なんです。
フランス文学を「恋愛論」の観点から読みこなす、そんな指標を示してくれている本であります。

では、書き出しをご紹介。

 

ファム・ファタル(femme fatale)。なんと怪しげで美しい響きをもった言葉でしょうか。カタカナで書いてさえ繰り返される「ファ」の頭韻が耳に快く響きます。
 ましてや、フランス語のfは下唇を上の歯で軽くかむ音ですので、femme fataleと、二度fの音が繰り返されると、まるで、女性が性的エクスタシーに達する直前、その快楽をこらえるかのように唇をかんでいるイメージが湧いてきます。そして最後にfataleの二度のaで大きく唇が全開になると、女性がエクスタシーに達して、歓喜の吐息をはきだした姿を連想せずにはいられません。
 つまり、フランス語で発音されるファム・ファタルは、その唇の動きからして、相当にエロティックな言葉なのです。
 ですから、フランスの男性は、このファム・ファタルの言葉を耳にすると、さながら空中に蠱惑的な女性の唇がポッカリと浮かんで、自分に誘いをかけているような気さえするようです。それは、ファム・ファタルそのもののように男を誘惑する言葉、一度耳にしたら最後、その魔力から逃れることはできない言葉なのです。



プロローグの1ページ目、まるまる抜書きしました。

フランス文学、どんだけエロいんだ!!!

私はフランス語がわからないので、femme fataleの音韻がどんだけエロいか伝わりませんが、上の文章ですと、すんごいモノのような気がしてなりません。

wikiによりますと、著者の鹿島茂先生は、19世紀フランスを専門とするフランス文学者だそうです。たしかにフランス映画なんかを見ていると、恋愛の表現が印象的で、それがまた巧みで美しく妖艶で、心に残ります。そういう意味では「悪女」をフランス文学に見るのは、フランス文学の遊び心なのかも。

さて、ファム・ファタルになるには、11のフランス文学からお手本を学ばなくてはなりません。

・アベ・プレヴォ 『マノン・レスコー』
・プロスペール・メリメ 『カルメン』
・A・ミュッセ 『フレデリックとベルヌレット』
・バルザック 『従妹ベット』
・デュマ・フィス 『椿姫』
・G・フロベール 『サランボー』
・J・K・ユイスマンス 『彼方』
・エミール・ゾラ 『ナナ』
・マルセル・プルースト 『スワンの恋』
・アンドレ・プルトン 『ナジャ』
・ジョルジュ・バタイユ 『マダム・エドワルダ』

恥ずかしながら、上の11の本ですが、まともに読んだことのないものが多数・・・。
内容の簡単な説明と共に、その主人公がどんな小技を使って男をモノにしていくかが説明されています。それは例えば目線であったり、言葉であったり、態度であったりと、女主人公のテクニックを展開していきます。そして、それによって男がどんな風に足を踏み入れ、手のひらで転がされ、破滅していくのか、そのテクニックの効能も示されているのが大変勉強になる(笑)

そして、フランス文学の味わい方も同時に学べる優れ本。
上の11冊の概略も理解でき、魅惑のフランス文学の世界へ踏み入れたくなる事でしょう。

ヨーロッパの文化の根底には、こういった精神が隠れているのかー!
この本のおかげで、小説や映画がより面白くなりました。
ありとあらゆる恋愛のパターンが盛り込まれておりますので、かなーり楽しめますよ。
片思い中の貴女!参考になったかな?

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