![]() | 谷崎潤一郎 [ちくま日本文学] (ちくま日本文学 14) (2008/04/09) 谷崎 潤一郎 商品詳細を見る |
・刺青
それはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持っていて、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。殿様や若旦那の長閑な顔が曇らぬように、御殿女中や華魁の笑いの種が尽きぬようにと、饒舌を売るお茶坊主だの幇間だのと云う職業が、立派に存在して行けたほど、世間がのんびりしていた時分であった。
・秘密
その頃私はある気紛れな考えから、今まで自分の身のまわりを裏んでいた賑やかな雰囲気を遠ざかって、いろいろの関係で交際を続いていた男や女の圏内から、ひそかに逃れ出ようと思い、方々と適当な隠れ家を探し求めたあげく、浅草の松葉町辺に真言宗の寺のあるのを見附けて、ようようそこの庫裡の一と間を借り受けることになった。
・母を恋うる記
・・・・・・・・・空はどんよりと曇っているけれど、月は深い雲の奥に呑まれているけれど、それでもどこからか光が洩れて来るのであろう、外の面は白々と明るくなっているのである。その明るさは、明るいと思えばかなり明るいようで、道端の小石までがはっきりと見えるほどでありながら、なんだか眼の前がもやもやと霞んでいて、遠くをじっと見詰めると、瞳が擽ったいように感ぜられる、一種不思議な、幻のような明るさである。
・友田と松永の話
私は、大和の国の「しげ女」という未知の婦人から、一通の手紙を受け取ったのは、今から五六年前、委しく云えば大正九年の八月二十五日である。
・吉野葛
私が大和の吉野の奥に遊んだのは、既に二十年ほどまえ、明治の末か大正の初めのことであるが、今とは違って交通の不便なあの時代に、あんな山奥、― 近頃の言葉で云えば「大和アルプス」の地方なぞへ、何しに出かけていく気になったか。― この話はまずその因縁から説く必要がある。
・春琴抄
春琴、ほんとうの名は鵙屋琴、大阪道修町の薬種商の生れで歿年は明治十九年十月十四日、墓は市内下寺町の浄土宗の某寺にある。せんだって通りかかりにお墓参りをする気になり立ち寄って案内を乞うと「鵙屋さんの墓所はこちらでございます」といって寺男が本堂のうしろの方へ連れて行った。
・文章読本
人間が心に思うことを他人に伝え、知らしめるのには、いろいろな方法があります。たとえば悲しみを訴えるのには、悲しい顔つきをしても伝えられる。物が食いたい時は手真似で食う様子をして見せても分る。その外、泣くとか、呻るとか、叫ぶとか、睨むとか、嘆息するとか、殴るとか云う手段もありまして、急な、激しい感情をひと息に伝えるのには、そう云う原始的な方法の方が適する場合もありますが、しかしやや細かい思想を明瞭に伝えようとすれば、言語によるより外はありません。
私の声では酔いも冷め過ぎ。凍ってしまいますので、憧れの声(仲代達也さんとか、美声の友とか)を思い出しながら、心の中で朗読を妄想しておりました。

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