この本も
須賀敦子さんの全集で知りました。
『La Petite Fadette』は、日本では『愛の妖精』として紹介されていることが多いのですが、フランス語を直訳すると、「ちいさなファデット」という意だそうです。須賀さんが好きな文体との事で読んでみたのですが、私もこの本がとても気に入りました。
私は中公文庫版を購入しましたが、他にも岩波文庫版などもあります。
中公文庫版を選んだ理由は、岩波版よりも読み易いとの評からです。かつて(1960年代)に旺文社から出されていた「あの」篠沢教授の訳が、手を加えられて中公文庫から再販されたようです。
ちいさなファデットの物語は、麻打ち男の語りの形で進められます。(中公文庫版では、序文はこの麻打ち男のくだり以外は省略されています。)
では、書き出しからどうぞ。
コッス村のバルボおやじは暮らしむきが悪くはなかった。その証拠に村会議員になっていた。畑を二つ持っていて、家族の食べ料になっていたし、おまけにもうけも上がっていた。自分の草刈場から荷車が何台もいっぱいになるほど、まぐさがとれ、小川のそばにあって少々あしがじゃまになっている分を除けば、これはこの土地で第一等といわれるまぐさだった。
アンダーバーの部分、本文では点が打たれています。これが結構読みにくかったかも・・・。
ひらがなが続く時に、植物名にこの点が打たれているのですが、これは要らないような気がするなぁ。
このあと直ぐ、バルボおやじの家に男の子の双子が生まれます。兄はシルヴィネ、弟はランドリと名付けられます。ファデットはこの二人と同じ村に住む女の子。物語は双子とファデットの成長と愛と葛藤が豊かに綴られています。
ファデットは魔女と呼ばれるおばあさんの元で育てられ、粗野で貧乏な女の子です。まるで男の子のように野原を駆け回り、村のみんなからも疎遠にされています。双子もファデットとは距離を置いてくらしているのですが、ある日、ランドリとファデットが出会い、ランドリは本当のファデットの心を知ります。実はファデットは心優しく、信心深く、知識に溢れる少女だったのです。まわりの噂と形振りを構わないファデットの日常が、その真の姿を隠していたのでした。
ファデットはとてもかわいい魅了的な顔をしているのに、着飾ることを知りません。しかしランドリは、ファデットとの会話から、心の美しさ、この本で言えば「正しいキリスト教徒」らしさを見抜き、その人柄に惹かれていきます。まるで人間としての美徳とは何かを教えられるような文章が続きます。
シンデレラ的でもある恋愛小説ですが、舞台が豊かな農村であるせいか、派手さはありません。でも心に残る恋愛物語です。オースティンを思い出す部分もありました。舞台は19世紀初のフランスです。ヨーロッパの田園風景を楽しみたい方に是非おススメしたいと思います。
ところで読んでいる最中、ずっと「この本を原語(フランス語)で読みたい!!」という欲求にかられていました。なぜなら、音がとってもきれいなんですよ。例えば、ファデットの本名はフランソワーズ。愛称はファンションです。ランドリは愛情を込めて、「ファンション・ファデ」と呼ぶのですが、きっとカタカナでは表せない発音なんだろうなー。Fの音ってきれいだから、きっと「ファンション・ファデ」という発音もきれいな音なんじゃないかなー、音が分かれば、きっと物語の理解力も深まるだろうなー、などなど。私、音フェチなんですよね

ところで
ジョルジュ・サンドと言えば、ショパンの恋人だったとか、恋多き女、フェミニストとして知られているので(と、私はイメージしてました)、この作品は結構以外でした。とっても透明感のあり、清らかとか爽やかという言葉が似合う一冊です。
こういう純粋な恋愛小説、たまに読むと心が洗われますね。
☆ 応援、ありがとうございます ☆
- 2008/07/07(月) 21:50:53|
- 文学・エッセイ
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