現在、ウィーン国立歌劇場音楽監督 であられる
小澤征爾さんが、ボストンで凱旋公演を行ったニュースを見ました。小澤さんが、どうやってヨーロッパからアメリカに渡り、世界に認められるようになったのか。それが知りたくて、この本を読みました。
書き出しをご紹介します。
まったく知らなかったものを知る、見る、ということは、実に妙な感じがするもので、ぼくはそのたびにシリと背中の間の所がゾクゾクしちまう。日本を出てから帰ってくるまで、二年余り、いくつかのゾクゾクに出会った。
神戸から貨物船に乗って出発、四日目に、ぼくにとって、物心ついてから最初の外国であるフィリピンのエスタンシヤという島が見えだした時 ―
六十日余りの気の遠くなるほど長い長い船旅のあと、何日ものスクーター旅行でパリにだんだん近づき、やっとパリのセーヌ河のふちにたどり付いた時 ―
少々空想的に考えていたチロルで、銀雪に輝く山頂にスキーで登って、ギョロリと山々を見まわした時 ―
また、ヨーロッパから飛行機でボストンに飛び、機上から初めてアメリカ大陸を見た時 ―
ニューヨーク・フィルの一行と、太平洋の上を飛んで来て日本の土が見えた時 ―
これらは、いま思い出してもそのゾクゾクの代表的なものだ。
しかし、まだある。
この本が書かれたのは昭和55年ですから、もう30年以上も前のことになります。
今考えると、非常にキテレツな方法で渡欧されたと感じることでしょう。でもそこには、本場でクラシックの息吹を感じながら音楽を聞きたい、学びたいという小澤青年の強い気持ちが溢れています。それはただ、「行きたい」ではなくて「行かねばならない」ほどの強い強い意志です。
小澤青年は、船で60日もかけてヨーロッパへ渡ります。それも、1台のスクーターと共に。
30年以上前ですから、スクーターといっても今のように快適なものではなかったはずです。(しかも、そのスクーターを手に入れるのに、とんでもないエピソードがあります。)フランスについた小澤青年は、スクーターにギター(ギターケースに大きな

付き)で歌を歌いながらパリへと進みます。その様子は、ワクワクするほど楽しいです。小澤征爾さんは、若い頃から超1級のポジティブ思考者だったんですね。
この本が普通の旅行記や留学記と違うのは、小澤青年の音楽に対する尽きない情熱と、家族や友人への思いやりの深さが、読み手にも伝わる点かと思います。青年らしい奔放さの合間にのぞく人間らしさが、あの「世界の小澤」の裏側を見たようで嬉しくなりました。
この本を読んで
・情熱は人を成功へ導くというのは、本当ですね。
・海外で生活するものとしての秘訣に溢れる本でした。自国を離れて生活するということは、想像以上に辛い場面がたくさんあります。言葉や食だけでなく、水や空気が合わないといったことさえあるのです。そしてこの辛さを全く感じずに海外生活を送ったという人はいないでしょう。(私は出会ったことがありません。)つい、滞在国での不満を口に出してしまいますが、その不満を口に出した途端、マイナス要素は倍に倍に膨らんでいくのです。小澤青年は、不満らしき不満は全く口に出していません。家族に会いたいとか、畳が恋しいとか、そんな程度。私もこれ以上不満を膨らませないように気をつけなくてはと思いました。
・好きなことを追求し、極める。これほど心を躍らせつつ、人を育てるものはないと思います。ワクワクの種は、老いも若きも育てることができるようです。1935年生まれの小澤青年は、今では小澤翁と呼ばれてもおかしくない年齢です。(73歳です)でも、テレビで見た小澤さんは、この本に出ている青年時代と変わらない情熱を持った方のように見えました。今でも毎日楽譜を勉強なさっているそうです。
若いのに自分の夢がわからない人に是非読んで頂きたいと思います。
夢の持ち方、育て方がわかりますよ。
☆ 応援、ありがとうございます ☆
- 2009/01/07(水) 17:50:50|
- 文学・エッセイ
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