私が小学生の頃から愛読している本の1つであるE・ネズビットの
『砂の妖精』。今でも年に数回読みたくなる時があります。ところが、探しても探してもみつからない。私が読んでいたのは、講談社の青い鳥文庫シリーズ(訳:八木田 宜子さん)のものでしたが、現在では手に入らないようです。そこで、福音館のもの(訳:石井桃子さん)を購入しました。
暗記するほど読んだ本でしたので、ストーリーは一緒でも、微妙な言葉遣いの違いが気になりました。でも、福音館版もやっぱり素晴らしいです。(あの石井桃子先生の訳なんですから。)講談社版が手元にないので、はっきりしたことは云えませんが、福音館版の方が語り手が前に出てきているような気がしなくもないです。あと、アンシアがパンサーと呼ばれていた話なんかが出ていなかった気がしますし、赤ちゃんが「ひつじちゃん」ではなく「ぼうや」になっています。あ、肝心なことを忘れてました。講談社版はサミアッドですが、福音館版はサミアドです。
この本は、シリル、アンシア、ロバート、ジェーン、そして赤ちゃんの5人が、ロンドンから遠く離れた田舎の一軒家に移り住んだところから始まります。赤ちゃんを除く4人は、近所の砂場でサミアッドに出会います。サミアッドは砂の妖精で、日に1つの願いを叶えてくれるのです。4人は毎日、あれこれと願いを叶えてもらい、冒険の日々を送るというお話です。
では、書き出しをご紹介します。
その家は、駅から五キロもあったのです。それなのに、きたならしい貸馬車が走りだして、まだ五分とたたないうちから、子どもたちは、もう、馬車の窓から顔を突き出して、
「その家、もうすぐ?」といいだしていました。
そして、あたりの家といっても、ごくまばらにしかありませんでしたが、そういう家のそばを通りかかるたびに、子どもたちはそろって、
「ああ、この家が、そう?」ときくのでした。
ところが、どの家もそうではなくて、やっと丘の頂上につくと、チョーク堀り場(イギリスには土のなかに、白亜=チョークが、たくさんうずまっていて、それを掘りだしている場所があちこちにある)と砂利堀り場のあいだに、その家はあったのです。家は白くて、緑の庭があって、うしろには、果樹園がありました。その家の前まで来たとき、とうとうお母さんが、
「さあ、ついたわ。」といいました。
「なんて白い家だ!」と、ロバートがいいました。
「あのバラをごらんなさいよ。」と、アンシアがいいました。
「それから、プラム(西洋すもも)も!」と、ジェインがいいました。
「うん、なかなかいいや。」と、シリルも賛成しました。
J・Kローリングさんがお読みになったかどうかはわかりませんが、ハリー・ポッターのファンタジー要素の原点のような作品だと私は思います。
この本を読んで
・この本は私の妄想力の原点です。もし、自分の前に砂の妖精が現れたら!なんてことを考えるだけでワクワクしたものでした。また、田舎育ちの私には、自然の中こそ遊び場の宝庫だと思っていましたので、4人が遊ぶ姿をとてもリアルに想像することができました。想像力を養わせたいなら、ぜひこの本をご覧になって見てください。
・兄弟愛
兄弟姉妹の絆や愛情の深さは、今読んでも感動します。この本のおかげで、私は弟を守ろう!と思ったものでした。
ところで、講談社版には続編もあったのですが、今は本作も続編も絶版になってしまったようですね。とても残念です。そして、残念と云えば、福音館版の翻訳者で児童文学の権威でもあった石井桃子先生が2008年の春にお亡くなりになったことです。福音館版は、石井先生らしい上品な翻訳でした。今の言葉としてはちょっと古い印象がありますが、それでも作品には安定した落ち着きがあります。今思うと、私は石井先生の翻訳本にたいへんお世話になりました。たくさんのこどもを育てて下さったこと、感謝いたします。
こちらは原文です。
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- 2009/01/09(金) 17:53:03|
- 児童文学
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